希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

君とファンタスティックな夢が見たい

アイドルに救われるということについて。

一応アイドルオタクをやっている身として、
無意識にずっと考え続けていることがある。

それは「アイドルオタクとしてのゴールはどこなのか」ということだ。

私はずっと、アイドルに救われていることにどこか罪悪感を抱いている。

アイドルに救われちゃいけないのかよ。

そう思う反面、

こんな重いオタクでごめん。
ただ好きなだけじゃなくて、色々なものを背負わせてしまってごめん。

そんな風に心の中で謝っていることが頻繁にある。

決して重いことが悪いと言いたいわけではない。

ただ、なぜそこに罪悪感が発生するかというと、
現時点で私が思うアイドルオタクとしてのゴールが、
「アイドルなしでも生きていける」ことだからだ。

つまり、逆に言えば今の自分はアイドルなしでは生きていけないということであり、
そこに後ろめたさを感じているということ。

アイドルを応援する、ということに対して、
負い目や恥ずかしさがある訳ではない。

アイドルでないにしろ、宗教や音楽やスポーツなど、
何かに救われながら生きている人はきっと想像以上にいる。
自分を支柱に生きていくということはそれほど難しいことだからだ。

私にとって、たまたまその対象がアイドルであったというだけ。

どういった感情や背景があって応援しているのか、
説明するのが面倒くさいだけで、
私が好きなアイドルはマジで宇宙一最高だし、
誰がなんと言おうと好きでいることを誇りに思う。

ただ、私に後ろめたさを抱かせているのは、
私の中にある「世間の目」なのだと思う。

「普通に生きてる人は、アイドルがなくても生きていける」

いくら偏見をの芽を摘もうと、外側からブロックしようと、
それは内側から絶えず芽吹いてくる。何度でも。

「普通」に生きていたら、コンサートの為に働いたり、
CDを何十枚も買ったり、言動に一喜一憂しないのかもしれない。

ただ現状、それが私の生きていると実感する瞬間であり、
なくてはならないものなのだ。

いくら自分の内側にある世間の目に後ろ指指されようと。

しかし、アイドルを好きでいることは、
私にとって「生きる糧」であり、全てではない。

「糧」、精神や生活のために必要なもの。

私が今生きていくには、アイドルは「糧」だ。

ただアイドルは私の全てではない。

同じく、アイドルにとってもファンは全てではない。

アイドルとして生きている以上、常にアイドルであることを求める人もいるのだろうが、
私もファンではない時間が存在しているので、
相手に対しても全てを求めないようにしている。

というか、しなくては壊れてしまうと思う。


相手の全てを把握するなど、お互いに無理なことなのだから。

それは、アイドルとファンだけでなく1対1の人間全てに対して言えること。

ただ、アイドルはアイドルを辞めたことを全てのファンが知るけれど、
ファンはファンを辞めたことをアイドルに知られることは、
ほぼないと言っていいと思う。

直接会って言える距離にいればいざ知らず、
何万分の1が常であれば不可能だと言ってもいい。

それが幸か不幸かは人それぞれだと思うが、
相手は人生をかけて進退を決めるのに対し、
こちらは人生がかかっているわけではない。

「好きでなければ生きていけない」と、
そう思っていても、好きでいることを辞めた瞬間に心臓が止まってくれるわけではない。

あなたを好きな私でなくとも、容赦なく生活は続く。

ただ、それでも生きていけるほどの強さを、
相手から受け取ったのだと考えれば話は変わってくる。

アイドルを自分の「全て」としたくないのは、
相手にとってもアイドルであることが「全て」なのだと強制したくないからだ。

聞こえはいいが、それは自分がそれをしてしまいかねないという弱さがあることを自覚しているだけのことであって、
綺麗事でしかないなと思う時も沢山ある。

それも私が抱える罪悪感の一部だろう。

加えて、アイドルという「商品」に対しての、「消費者」という感覚を忘れて仕舞えば、
簡単に人の人生を共有している気になってしまう。

人生を変えてくれた人、という言葉に、
私を当てはめるとするならばそれはきっと、
私の好きなアイドル達になるのだと思う。

しかし、彼ら彼女らは「変えるきっかけ」をくれただけで、
「変える」という選択をしたのはあくまでも自分なのだ。

なので、選んだ先で人生がどう転ぼうが、
責任は自分自身にある。

そういった「変わる」強さを、アイドルからもらってもらって、
そして変わった私が、いつかゴールテープを切ってしまうのではないかということが少し怖い。

私の好きなアイドルは、確実にそうした
「強さ」をくれる人だと分かっているからこそなお。

ただ、現状自分が考えているゴールがそれなだけであって、
きっともっと内にある世間の目を気にせずに、
自分だけが辿り着けるゴールを見つけられるかもしれないけど。

もしかしたらゴールしないまま、ずっとこのままかも、
そう思えないほどの人を好きになってしまったんだから。

「救」という文字は、「求」が獣の皮を表し、
「攵」はそれを打ち付けるものと手を表すらしい。

その獣の皮を打ち付けることで、敵側からかけられている呪いを打ち破り、
欲しいものを手にして救われる…という成り立ちがあるのだが、

アイドルを好きでいることによって、
外と内の両方からかけられる呪いを、
自らの手で打ち破った時、本当の意味で
私はアイドルに救われるのかもしれない。


それまでは、せめて君とファンタスティックな夢が見たい。