希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

担降り直後の自分にインタビューしてみた

※このブログは味の素スタジアムで行われたNEWSのコンサートで15年前の自分へ向けたメッセージという映像をヒントに、担降り5年目の手越担が、
2013年当時担降り直後手越担なりたてホヤホヤの自分に、
インタビュー形式で質問をしていくというものです。
完全に見切り発車であることをご了承ください。


2013年の私→グレー『』

2018年の私→ピンク「」




どうも〜今日は宜しくお願いします〜〜

はぁ…

(テンションひっく…)今回インタビューをさせて頂くものなんですけども、私さんはNEWSの手越祐也くん担当ということで間違いないでしょうか?


え〜…あ〜〜……うーーーん、そうですね、そういうことになると思います…


大丈夫ですか?


そういうことにしてもらって大丈夫だと思います、多分

煮え切らないですね〜、なるほどなるほど…


では、手越くんに担降り直後…所謂ド新規手越担さんということでインタビューさせて頂きますね!

そう呼ばれるの違和感しかないですけどね。

……それでは、まずあなたのジャニーズ遍歴からお伺いしたいと思うんですけど…担降りということは手越くんが最初の担当さんというわけではないということですよね?


そうですね、違います。

まず、ジャニーズに触れたのはいつからでしたか?

触れた…っていうか、なんですかね。
もうそこにあるものだったというか、そこまでエンターテイメントに明るい家庭ではなかったんですが、母がジャニーズが好きで。

お母様が?

はい。元々V6の三宅くんが好きだったんですが、演技がうまい人に惹かれるということで嵐の二宮くんと…まぁ掛け持ちみたいな感じですかね。

なるほど、それですとあれですか?コンサートにも親子席で、とか…

いえいえ!それはなかったです、もうまんま茶の間でしたね。

コンサートには参加しないけれど、CDや DVDは買うしテレビもチェックするという……

そうそう、その状態でした。特に嵐のDVDは全て揃っていたので、人生で初めてみたコンサート映像も嵐だったと思いますね。

ちなみにいつのコンサートDVDかっていうのは、覚えていらっしゃいます?

あー…なんだろうな…ちょっと調べてもいいですか?

もちろんもちろん、分からないことはすぐ検索がモットーだと伺っておりますので。

あ、これですね。多分。

How’s it going? SUMMER CONCERT 2003……ですか。

はい、この時から自己紹介ラップ厨です。

あぁ、La tormenta chapter ΙΙ…。奇しくも2003年、NEWSのデビュー年ですね?

あ〜〜たしかに…言われてみれば。

あれから10年…ということになるわけですが、その当時は…?

もう全然ですね、自分からジャニーズを見るということもなかったし…強いて言えばバレーユニというイメージしか…

V6、嵐に続くバレーのイメージキャラクターでしたもんね、そこだけで言えばある意味受け継がれたものがあるというか…

今となっては、ですけどね。結果論です(笑)

抗えない血を感じますけどね〜。では、V6と嵐を中心に幼少期は過ごされたということで?

そう…なりますかねぇ。裸の少年だったり少年倶楽部とか、金田一のオープニングは断片的な記憶としてあります。

例えば?

パジャマ姿の少年だったり…暗闇に雨?水しぶきがあったり、りんごとか………大分危ない感じですけど(笑)。あとはとにかく学校へ行こうと○の嵐から続く日テレの深夜番組を見てました。

あの伝説のバラエティですね。

えぇ、私のお笑いに対する基盤はあの番組達で培われたと言っても過言ではないです。

そんなに?

正確には、学校へ行こうにおけるいのっちの存在ですかね。 特に6人が車で旅をする修学旅行回は何回も何回も見た気がします、VHSで(笑)

わ〜〜VHS…そうですよね、そうなりますよね。ということは、いのっちのセンスを割と今も参考にされているというか?

参考にというか、それこそ雛鳥が最初に見たものを親と思う感じでしょうか。私はPIKA★★NCHIシリーズが大好きなんですが、その監督がいのっちだと知った時は納得せざるを得なかったです。本当に基本のきですね。

わかりました。では、お母様の影響を受けなかった部分…つまりKAT-TUNを好きになったきっかけをお聞きしても宜しいでしょうか?

きっかけはいくらでもあったように思います。あの頃は、街を歩けばKAT-TUNに当たる状態でしたから。

確かに。

でも、特にきっかけになったのはデビューから2枚目のシングル、SIGNALを披露していたMステですね。

そこで運命の出会いを果たしたと?

そんな大層なものではないですけど。テケテケナー……そうとしか聞こえなかったんです!そう歌う上田くんに惹かれて…当時上田くんはツートーンで黒髪に髪の下半身が金髪で

一目惚れ、という…?

んん、まぁそうですね。一目惚れです。顔が好きで。とにかく

顔ですか。

はい。それ以外ももちろん好きでしたが。
これまた親の影響なんですけど、毎週スマスマ…SMAP×SMAPを見ていたんですが、そのオープニングの後に必ずロート製薬のCMが流れるんですね。
その時は知りませんでしたが、当時の上田くんとしては珍しかったソロ仕事、KAT-TUNが CMキャラクターを勤めていた"もぎたて果実"の上田くんソロCMが流れていた時期だったんです。

一目惚れした時にタイミングよく、ソロ仕事を目にする機会があったと。

はい、またそのCMが良くて…。白背景で白衣装をきてギターをかき鳴らすと果物が現れる(?)という、まぁ妖精みたいな感じだったんですよ。

はぁ………

好きになってすぐにメンバーの1人が留学ということになるわけですが、特にグループを応援しているという意識はなかったので、5人の活動も普通に受け入れていました。…今では考えられないですね。

でしょうね。好きになってすぐに5人体制のアルバムは…キツイです…。

恐らく、当時の自分は"アイドルを応援している"という意識が良くも悪くも薄かったのだと思います。

…というと?

アイドルではなく、KAT-TUNを応援しているのだ、という意識でした。そのアイドルはそのままジャニーズにも置き換えられます。アイドルらしくない、ジャニーズらしくないKAT-TUNが好きでしたし、それをKAT-TUNの"らしさ"と捉えて愛していました。

なるほど。

それでも、喜びの歌が発売されて6人のKAT-TUNが戻ってきた時…新曲のPVは6人なのだとわかったときは震えるような、それこそ喜びを感じていました。

6人のKAT-TUNがよかった?

…なんでしょうね?ジャニーズらしからぬKAT-TUNが好きでしたが、その時が間違いなく初めにアイドルを応援している上で感じるエモーショナルを初めに感じた瞬間だったと思います。

それが、例えば他のグループのように順風満帆な道を歩んでいれば、味わうことのない感情であったとしても?

はい。

なるほど…きっとそれはファンという立場に立たなければ味わうことのない感情ですよね。分かりました。

ちなみに、当時KAT-TUN関ジャニ∞、そしてNEWSの3組はYou&Jという括りで語られることが多く、実際FCも同一だったりしましたがその点については…

You&Jだなぁと。

(笑)

確かに最初に入会したFCは青い札?みたいなのにYou&Jと書かれていました。ただ、特に他のグループに意識を向けるということはなかったですね。FCに入ったのも、ファン=ファンクラブに入るものだという固定観念があっただけというか。

全く興味関心はなかった?

というわけではないんですけど…、そもそもガチの身内に∞担がいたので(笑)
完全スルーはできなかったですね。

では、NEWSを好きになるチャンスもないわけではなかった?

あったと思いますが、私にとってはなかったです。

そんなにハッキリ…それは何故?

当時の私自身、というかNEWSを好きになるまでは、正直NEWSだけは好きにはならないだろうと思っていたからです。

えぇ〜〜〜〜

嫌いというわけではなくて、私はこのグループを好きにならないだろうなという確信というか。

理由を聞いても…?

理由としては…うーん、グループ自体に違和感があったのもそうなんですが、さっきも言ったように、KAT-TUNのジャニーズらしくないところが好きだったので、"私はジャニーズが好きなんじゃない、KAT-TUNが好きなんだ"と思ってたんですよ。

ひねくれてますね(笑)

自分でもそう思います…(笑)
そんなわけで、You&Jのなかでは正統派のイメージを担っていたNEWSは自然と対象外だったんですね。

うーん、なるほど。

ただ、山下くんと手越くんの関係性はすごく好きで。手越くんが山下くんのことがすごい好きで憧れで〜みたいなのを聞いていたのと、星をめざしてのMステ披露で山下くんから肩を組まれてすっごく嬉しそうにしていた手越くんの印象がとにかく強くて。

そのコンビが好きだった?

はい。KAT-TUNの仁亀TTロバ丸のシンメ至上主義でしたが、You&Jのなかではそれに次ぐ好きなコンビでした。単純に絵面もよかったですし…

正直か!

でも、自分から見ようとか本当になかったですね。

初めて手越くんというワードが出てきましたが、彼に対してはそのイメージしかなかったですか?

いえ、マイボスマイヒーローを見ていたのとしゃばけも見ていたので、そのイメージとハッピーフィートのイメージですね。歌が上手いイメージもありましたが、演技のイメージが強かったかもしれない。

演技…正直、今となってはあまりないイメージですよね。

ですね。あぁでもそれ以外ではやっぱりイッテQのイメージが強くて、三人祭がとにかく好きだったので、その一員というイメージでした。

あ、そのイメージはあったんですね。でもあくまで一員にすぎなかった。

はい。

…では、いよいよ何でその"絶対にならない"からNEWS担になるまでに至ったかを伺ってもよろしいでしょうか?

あー……どうぞ。

あんまり、言いづらい感じですか?

そういうわけじゃないんですが、自分でも謎な部分が多いので…うまく説明できないと思います。

大丈夫ですよ。では、NEWSのコンサートに行ったのは担降りした10周年記念の東京ドーム公演で間違いないでしょうか?

いえ!それが違くて…

…違うんですね?!

そう、だからめんどくさいんです(苦笑)
最初に行ったのは、確かに10周年記念なんですが、ツアーの方で。

ということは、アルバム"NEWS"を中心に周った全国ツアーということですかね?

そうなります。まさにそのアルバムがコンサートに行くきっかけで。

ほぉ〜、そりゃなんでまた。

一番はKAT-TUNの活動がなかったからなんですが…閲覧用のツイッターを始めたことと、当時担当が明確にいなかったことがあげられると思います。

担当がいなかった…?上田くんは?

担当は?と聞かれれば、上田くんと答えてはいましたが、気持ちの上では担当と呼んでいいのか迷いがありました。それというのも、自分の中で担当という存在が、リア恋要素を含むものであるという認識があったからです。

いわゆる、現実的に付き合いたいといった感情を向ける相手であることが担当の条件なのだと思っていたと。

そうです。確かに、担当にした直後は異性としての憧れもありましたが一度KAT-TUNを離れて出戻りした時に、上田くんに対してそう行った感情は消えていて、どちらかというと純粋な憧れとしての感情が勝っていました。

それならそれで良かったのでは?

その時はそう思えなかったんです、自分にとっての担当の意味というものをちょうど考え直す時期に入っていたのかもしれません。…また、5人のKAT-TUNを応援することに対して無意識に強迫観念みたいなものもありました。

強迫観念…?

6人を越えなければいけない、5人に必ず天下をとらせなければいけないというものです。希望でもありましたが、6人を否定することでもあり、重荷でもあったんですね……きっと。

目をそらしたがっていた自分がいたと?

えぇ…認めます。だからこそ、他のグループに目を向けました、SMAPのコンサートに行ったり、学校へ行こうのイメージしかなかったV6のアイドルとしての魅力に気づいたりもしました。

見事にYou&J以降を避けていますね…

逃げたかったんでしょうね、色んな現実から(笑)でも、その流れのなかでNEWSのアルバムを聞くことになりました。

NEWSが4人になって、初めてのオリジナルアルバムですね。

はい。それまで情報源は主に掲示板でしたが、新たに加わったツイッターでは色んなジャニーズファンを見ていたので、NEWS担のつぶやきで発売を
知ったのだと思います。

そもそも、NEWSが4人になったことについてはどう思ってました?

どうとも思ってなかった…は違いますが、世間と同じような反応だったと思います。ただ、青天の霹靂ではありませんでした。

と、いいますと。

他G担が何を生意気な、と自分でも思いますが、いつかこうなる気がしていたという…それがNEWS担にはならないと思っていた違和感の状態だったのだと思います。

なるほど………

逆に言えば、6人時代も5人時代もそう感じられていたのかもしれませんが…。本当に何も知らないくせにって感じですよね。

でも、ことが起きてから反応する世間より前から、一歩踏み込んだところから見ていたオタクとしてはリアルな感想だと思います。

そうでしょうか……

では、良くも悪くも4人に対しては無関心だったわけですね

そうですね、本当に好きでも嫌いでもなく…

ただ、アルバムを聴いて印象が変わったと

少なくとも無関心ではなくなりました。とにかく良い曲が多くて、作品としてすごく好きなアルバムで。

それ以前にNEWSの曲を聞くことは?

全然ありました。良い曲が多いなーというか好きな曲も多くて。

じゃあ下地は充分にあったわけですね。

はい。そのなかでも、Dance in the darkは……正直に言ってしまえば、KAT-TUNぽいというかエフェクトをかけていたりと、好みの感じで。

ジャニーズっぽくない?

ん、まぁ…うーん……そうですねぇ。手越くんの声ってエフェクトかけるとこうなるんだ、もっとこういう曲聴いてみたいって思ったのはすごく覚えています。

それはあのー他のアイドルの影響もあります?

Perfumeです。

ですよね〜。

他にも4+FANや、Greedierなど、バラエティに飛んでいる楽曲が不思議と自分にハマったんです。

では、その曲たちを聞きたくてコンサートのチケットをとったと。

でもなくて………

違うんですね!?

違うんです…あれはそれまで生きてきて一番の行き当たりばったりでした……

はぁ……

東京に行く用事があって、その用事が早く終わってしまったので、完全なる勢いだけでチケットを譲ってもらってそのまま入ったんですよ。

ディスイズ行き当たりばったりじゃないですか。

だからそうなんですって!本当に自分でも、今考えても信じられません…

ヤバイっすよ、そんなのあり得ないじゃないですか今までのわ……あなたからしたら。

え?あ、あーそうなんですよ。本当人生何があるかわかんないですね。

そして参戦したのが、秩父宮初日だったと。

はい。

その直後、野外コンサートということが災いし、雷雨で中止という事態も起こりましたが、当時はまだNEWS担ではなかったんですよね?どう感じていましたか?

マイナス感情は一切なかったです、不思議と。騒ぎ立てている人にはちょっと違和感を抱いていて……、それというのも実際に参加した時の印象から、NEWSのとった行動のレポは信じられたんですが、それ以外の大きくなっていく話に対しては、騒ぎたい人が騒いでるようにしか思えなかった。だから、自分の目でみたNEWSが、取るであろう行動…は信じていたという感じですね。

なるほど。それがNEWSを好きになることに影響を与えることはなかったんですね。

はい。

分かりました。そこからしばらくジャニーズを追うこと自体が難しい日々が続くものの、猫中毒を買ったり、美しい恋にするよ、を買ったと伺いました。

そうですね、ある意味青春ではありましたが、物凄く目まぐるしい日々のなかでそれでもあげていただいたものだったりイッテQを見たりはしていて、

美しい恋は一般的に"堕ちる"DVDだと言われていますよね?実際に見ていていかがでしたか?

とにかく、…そうですね、彼らが「今ここでこのメンバーとファンの前に立てている喜び」を感じているんだなということが伝わってくる映像で。あと、脱退したメンバーへコメントしたり、そのこと自体に対してハッキリと言及するのも自分の中では衝撃でした。

…なるほど。しかし、その時点ではNEWS担になると決めたわけではなかったと。

考えられなかったですね。ただ以前に感じていた、NEWSだけはないという感情は消え去っていました。

それはやはり自分の目で見て触れて感じて、実際にその世界に飛び込んでみたからなんでしょうね。
ですが、その時点で既に東京ドームの申し込み期間は終了していますよね?

はい。なので同行者に協力してもらって、譲っていただく形でした。

10周年の記念コンサート、そしてNEWSが4人になって初めてドームということでしたが…

……そうですよね。自分の中でもそこはすごく葛藤した部分で…、私がここにいてもいいのかという思いは常に、当日席に座るまで、座ってからもありました。

そうだったんですね。

そりゃそうですよ。ただ、NEWSが4人になってから初めてのドームという意識はなかったというか、正直に言えばそれまで東京ドームって応援しているグループが立てて当たり前の場所だったんですよ。

あぁ〜…なるほど……

ただ、考えてみれば…あ、さっきもちょろっと出ましたが、私Perfumeも好きなんですね。好きになったのが結成10周年でそのメンバーで初東京ドームっていう点では一緒だったんですよね。

いわゆる"堕ちる"タイミングとして?

はい。もちろんセトリを始め、パフォーマンスが刺さらなければ好きになることはなかったと思います。それでもあの4人のドームに対する想いだったりとか、挨拶を聞かなければ…衝撃を受けることも好きになることもなかったと思います。

言ってしまえば、当たり前が当たり前じゃなくなった瞬間。それまでの常識が覆された瞬間だったんですね。

そういうことになると思います。


わかりました。では、本題と言ってもいい質問に参りましょう。

答えづらい(笑)

いやいや逆じゃないですか!?え〜…そうですね。ではお聞きします。

ドーム公演を通してNEWSに惹かれていくなかで、4人のうち手越くんの担当になるときめたきっかけはなんですか?

最後の最後、ダブルアンコールの一言です。

その一言とは?

……恥ずかしいんですけど。

まぁまぁまぁまぁ!いいじゃないですか!レポと思って!ね!

あぁ〜の、そうですね。
……"幸せだね、俺らって"、です…

幸せだね、俺らって?

あ〜〜もうそれですそれ

この一言で手越担になろうと?それはなぜ?

分かりません

分からない?なぜ?

いや、本当に申し訳ないんですけど、分からないんです。理由が。だから答えようがない。
ただ、ストンと手越くんを担当にしようって。

謎ですね。

謎なんですって、だから。

その一言を聞いた時の気持ちとしては、どうだったんですか?

そうですね、まぁ正確にいえばその言葉を言われる立場ではなかった…と思うので、羨ましいとかそうなりたいって思ったんじゃないかなぁ。

私には、それは幸せになれると思ったと聞こえます。

どうですかね?(笑)だって手越担ですよ。

というと?

周りからも言われますけど、私が手越くんの担当っていうことがもう、なんていうんですか。らしくないんですよ。本当に、なんで?って。

なるほど、もう違和感しかないと。

そうですね。正直続かないと思います。


担降り直後なのに……

だって手越くんですよ?本当に、合わない。合わないし、似合わないんです。私に。

サイズの合わない服を着てるような居心地の悪さがあるわけですね。

はい。絶対に似合わないと分かっているけれど、どうしても惹かれてしまうワンピースを着るような。

ちなみに、手越くんがコンサートでよく言う子猫ちゃん的な挨拶はどうでした?

え〜〜何言ってんだこの人と思ってました。

冷静ですね?(笑)

キャー!のタイミングだとは思うんですけど、それより面白くなっちゃって。変な人だな〜って。

そこが好き?

んん、そうですね。確かに。変なところが好きかもしれない。

ファーストインプレッションがSay!ポー!ですからねぇ。

Say中華以来の衝撃でした。

(笑)

でも本当、続かないと思いますよ。

手越担が?

はい。

それはどうして?

だから、合わないからです。まず手越くんと気が合わないし、似合わないし、ピンクとかあり得ないし、続く気がしません。


なるほど〜、頑固ですね。

自覚してます(笑)

なんか悩みとかあるんですか?

急だなぁ……言わなきゃダメですか?

全然。本題とは関係ないので、話したかったらで。まぁこんな機会もないと思いますし。

なんなんだ…。悩み…うーん、強いて言えば、私はずっとこのまま私なんだろうかっていうことですね。

高校生っぽ〜い!

馬鹿にしてますよね?

してない!してないです!いや〜、なるほど。自分はずっとこのまま自分のままなのか、と。変わることはないのかっていうことですね。

変わりたいかっていうと、それも微妙なんですけどね。今やっと自分が何者なのか分かり始めてきて、多分、分かり始めたマイレボリューションって感じなので。

明日を乱すことですか。何となく手越くんっぽいですけど。

適当だなぁ(笑)

私は私のままでいられるのか、いていいのかっていうことでもあるわけですね。

そうですね。………あー、そういえば東京ドームで手越くんがあることを言っていたのを思い出しました。

なんと?

俺は手越祐也で生まれてきて、こんなみんなに会えて幸せ。って。

凄い言葉ですよね。

"こんなみんな"は、こんなこと言われてどんな気持ちなんだろうという感情と共に、
私は私として生まれて、生きて、こういう幸せになるという生き方ができるのだろうかと思いました。

そういった意味でも、影響を受けたと。

そういうことになるんですかねぇ。

誰かを好きになるということは、それによって起きる変化も愛せるということだと私は思います。これからあなたはどんどん変わっていくのかもしれませんね。


手始めに担降りしてるかもしれないですよね(笑)


(笑)では、最後に5年後の自分に向けて何か聞きたいことはありますか?


5年後?…うーん、もし聞ける状況にあるとするなら……




5年後の私へ。…今、幸せですか?



うん、幸せだよ。







編集後記


インタビューをしながら、あぁ5年前の自分はこう思っていたんだなと思い返していました。
こんなに頑なだったんだな、とも。
それは別に今も変わってないけど(笑)
私はずっと私のままなのだろうか?という問いは、
生きている限り一生抱えていくものなのだろうと覚悟はしているけれど、
それでももうダメかもしれないなと思う瞬間は何回でも、何万回でもあって、
だけど、たった今の私は、5年前の自分にこう答えることができるし、
手越担としてNEWSと生きていくんだろうと思いました。
たった5年、されど5年。
あれから5年経ってNEWSの15周年を手越担として迎えられる幸せを道標に。