希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

君のフレンズになりたい(無理)

小太郎がしんどい


小太郎というのは、正確に言うと
小太郎・ヒルマウンテンウィリアムス・ハリソンジャガーサタケ・ジェームス城山
というアメリカ版寿限無みたいな名前の、
漫画「賭博覇王伝 零」の登場人物。

そして、そのドラマ版における小太郎を演じるのが、
マイスウィートエンジェルことNEWSの手越祐也くんである。

このドラマ版「ゼロ一獲千金ゲーム」の主演が、
同グループのメンバー加藤シゲアキ*1であることから、
友情出演(しかし友情はレギュラー)をさせてもらえることになった。

そしてなんとHuluでスピンオフとして、
その演じるキャラがどうしてドリキンことドリームキングダムに来ることとなったを描く30分ドラマに主演することとなったのである。


この報を聞いた時、歓喜と共に、

マジでヤバイ

という気持ちでいっぱいになった。


なにせ私は自担のドラマ出演拗らせ妖怪の異名を持つオタクである(?)

15分程度の短編ドラマを1クールのテンションで引きずり、
デカワンコ、ヤマトナデシコ共にメイン回の途中で視聴を断念、
担当になって初めての主演ドラマは生存本能なのか録画失敗、
唯一完走しているのがまだNEWS担じゃなかった時に、
某坊主略して某主を目当てに見ていたマイボスマイヒーローだけという有様である。


30分だと単純計算で2クール引きずることになるし、
内容如何によっては墓石に彫ってもらわなくてはいけないかもしれない。

しかもいつ順番が回ってくるか分からないという、
リアルドリームキングダム生活を送っていたんですけど、
まず何をおいてもカズヤ

カズヤなんですよ、ええ。

1番目に友情出演を果たした増田貴久演じる山口カズヤ
これがもう〜〜ね、性癖のお歳暮

オタクが好きなやつ詰め合わせちゃった、
詰め合わせてカタログ載せて贈られちゃった、
いや、ちゃったじゃないわ本当にしんどいありがとうございます
みたいな役かつスピンオフかつ本編だったんですよ。

で、3話くらいから確信してたことがあって。

オタクはオタクの考えそうなことがわかる、
なぜなら日テレの心理はほぼNEWS担のそれだから(暴論)

シゲアキ主演ドラマのメンバー友情出演で、
最初が増田さんならば、もうトリは慶ちゃんでほぼ間違い無い。


これ、次、自担だなって。

先述した通り、もう何があっても拗らせるしか道はないから、
一周待って何でもこいやみたいな気持ちだったんですけど、



小太郎はしんどい


ふりだしに戻る、です。


そしてここからが本題。


役名が出てどんな人物なのか知って、日程的に
味スタオーラスの日にスピンオフが配信されるという、
完全なる死へのカウントダウンを過ごしていたんですけど、
味スタラストの曲が「生きろ」で、よし生きるぞと
明日へのパワー溜めたぞ!と思って家に着いて、
スピンオフ見終わった時、生きていく気力がゼロ一獲千金ゲームだった。

その時は知らなかったものの、土日月と三連休を取っていた過去の自分に大感謝祭である。

味スタの余韻に浸る間もなく、その日は小太郎休暇と化した。



Huluでまだまだ絶賛配信中なこともあり、
実際見てほしいので詳しいことは言えないが、
一言でいうなら「しんどいのお中元」である。


血を吐くようにして見た2回目でやっと記憶をセーブしたままに出来たのだけど、
そこで生まれた感情が、

「小太郎のことをもっと知りたい」

だった。


今回のスピンオフ30分から読み取れるだけ、
どんな些細なことでもいいから彼のことが知りたい。

それで小太郎フレンズになれるなんて思わないけど、
とにかく小太郎のことが知りたい。

スピンオフ配信から毎日ずっと小太郎のことを考えていた。
しこたま考えに考えたその小太郎像を、
本編で印象が変わってしまわないうちに残しておこうと思う。


ということで、ここからはネタバレ妄想考察なんでもありの迷宮トライアングルとなります。

くれぐれもご注意を!




・小太郎にとっての友達とは


最初からクライマックスきちゃった。

スピンオフで描かれる小太郎流フレンズの作り方は、
「監視カメラで観察し、プレゼントという餌を与えてコントロールする」という非常に歪なものだ。

彼はそれを「友情」と呼んでいる。

しかも、その「友情」が壊れた時に、
「コントロールできていたはず」
「一度餌を与えれば犬でも恩を忘れない」と、
コントールしていることを自覚しているのである。


その「歪み」がどこから来ているのかは、余りにも明白。

高校生時代の"いじめ"だ。

蹴りを入れて倒れたところをネクタイを掴んで引っ張りあげてまた蹴りを入れる。

誰がどう見てもいじめという名の暴力である。
それは身体的にも精神的にもだ。

外見的には現在とそこまで変わりはないように見える金髪であるものの、
ボタンは第1ボタンまでしか外してないし、
腰パンも恐らくしていない。

ヤンキー集団の中に入っても浮かない
「最低限の身だしなみ」であり、
一目でこの中で最底辺の地位なのだろうと分かる格好。

「パシリだった」「靴を舐めさせてやった」と、
小太郎の高校時代に同級や先輩、もしかしたら後輩は語る。

しかし、当時も今も彼らに小太郎をいじめていたという意識はないのだと思う。

そして、それは小太郎自身もなのではないか?と。

人が一番恐れるのは「理由なき暴力」だ。

道を歩いていて向こうから来た人にいきなり殴られたら、
歩きスマホをしていたから?派手な服装をしていたから?とどうにか原因を探すだろう。

「ただ殴りたくて殴った、特に意味や理由はない」と、
言われるのは純粋な恐怖だからだ。

小太郎もいじめられるたびに、自分には何かそうされるような原因があるのか必死で自問自答したのではないだろうか。

「そうかな?嫌われてていじめられてる奴って、
やっぱりどこかに原因があるんじゃないかな」
ホッシーに語った言葉通りに、
「僕に何かしらの原因があるから嫌われていじめられてしまうのだ」と。

もしかしたら大人や誰かに助けを求めた時に、
こうも言われたのかもしれない。

「あなたにも何か原因があるんじゃない?」と。
そう言っておけば問題を問題とせずに、
本人達の間だけで解決しろと介入しないままで済むからだ。
彼のために動いてくれる大人はきっといなかったのだろう。


そして考えた上で、自分なりに改善を重ねて重ねて、
それでも何も変わらなかったのだ。

なぜなら、いじめに理由などないからだ。
そしてどんな原因があってもいじめていい理由にはならないから。

しかし、繰り返しにはなるが大抵の人間は、
「理由なき暴力」を受け入れることができない。
到底、耐えられないからだ。



加えて、小太郎はそもそものプライドが高い人間だと考えられる。

だからこそ底辺高校においても、時折絡まれるくらいで、
極力目立たないオタクキャラや陰キャラには走らずに、
虎の威を借りれそうな最も地位が高いグループに入ろうとしたのではないか。

3年間続いた壮絶ないじめのなかで、
小太郎が見つけた「理由」

それが「友達だから」というものだったのではないだろうか。

パシられていたということは何かを買いに行かされたり、
直接巻き上げられたりと日々金銭的に搾取されていたのだろうし、
その「見返り」として、「仲間」を名乗ることを許される。

もしかしたら、金額次第では殴られない時もあったのかもしれないし、
またその逆もあったのだろうと思う。

側からみれば「コントロールされる側」だったわけだが、
そのプライドの高さゆえに「コントロールしている側」と考えるようになった。

その一方で、もう何もかもわからなくなって、
これが「正しい友達のつくりかた」だと思いたかった可能性もある。


どちらにせよ、小太郎にとっては、
「何かを与えたうえでの見返り」が「友情」なのだ。

それは、友達を作るうえで必要な根本的な要素。

「自分自身の価値」を信じることができない為。

「便利」
「役に立つ」
「逆に感謝してほしいよな」

という言葉ではなく、

「君がいてくれて本当によかった」
「いてくれるだけでいい」
「心から感謝している」

このような言葉を、彼はついぞかけられることがなかったのだろう。

そのような状況では、自分の価値を信じることなどできず、
むしろ自分自身には価値がないのだと思っても当然である。


小太郎はなぜ金髪なのか

彼の金髪。
私はこれこそが、小太郎のプライドが高いことの証ではないかと思う。


個人で会社を立ち上げるほどの頭はある小太郎が、
なぜ底辺と呼ばれるヤンキー高に入ったのか。

それは、「この世界なら見下されずに済む」
と思ったからではないだろうか。

そこそこの頭の良さは公立小学校ならば、
周囲の上に立てる要素になり得るだろう。

そこで、中学受験をし更にレベルの高い中学へ入学した。

しかし、あくまでも公立では上の水準だっただけであり、
早々に挫折してクラスの平均点を下げるような存在になったとしたら…。

見下されていると態度には出されなくても、
そういう空気を感じていたのかもしれない。

少なくとも、心の友を得られるような環境ではなかったのではないか。

「俺のいるべき場所はここではない」 という思いから、
真逆であるヤンキー高に髪を染め飛び込んだ。

ここなら誰にも見下されずに済む、
その「ここ」を探して飛び込んだ底辺だらけの環境で、
彼は最底辺になってしまう。

だからこそ、他人の見下しの視線に敏感だし、
自分が他人を見下すことも得意なのだろう。

スピンオフの中で、どのような状況でも
彼が一度も涙を見せないことからも、
そのプライドの高さが伺える。


彼の金髪は、環境を変えるためのスイッチであり、
その「僕の"本当の居場所"はここじゃない」という思いがまた、
彼のあるキャラクター性を強めることになったのではないだろうか。

小太郎はなぜアメリカかぶれなのか


そのキャラクター性とは、あえてこういう言い方をするが、
アメリカかぶれ」である。


自由の国、アメリカ。
人種のるつぼであり、多様性の宝庫。

小太郎はそこに居場所を見出したのではないか。

嫌なことがあった時に、電車に揺られながら
「このまま遠くへ行ってしまいたい」と思ったことはないだろうか?

親に怒られた時に、「本当はここのうちの子じゃないんだ」と思ったことは?

そのように、目の前にある現実から自分を解離させ、心を守る方法がある。

小太郎は、現状が厳しく現実が辛くなればなるほど、
その感情を深めていったのではないかと思う。

「ここではないどこかへ」行きたい願望は誰しも持っていると思う。

どんなに辛いことがあっても、そこに行けば大丈夫という、
桃源郷のような心を支える拠り所。

そんな、小太郎にとっての「ここではないどこか」が、
アメリカ」だったのではないか。

更に、英語を織り交ぜればテンション高めの印象を持たれるし、
何となく深刻な話はしづらいからというのもあるだろう。

場を持たせられ、本心を隠しやすい口調を使いこなすのは、
彼にとってはむしろ自然なことなのかもしれない。

もしかしたら、アメリカかぶれの口調で話し、
帰国子女という設定を作っておけば、
高校または大学までは海外にいたということで、
過去を隠せるという意図もあったのかもしれない。

それならば、はじめっちが現れるまで3人が小太郎の過去を知ろうとしなかったのも頷ける。*2

海外ではファーストネームで呼ぶのが当然だよブラザーとか言っておけば、
小太郎さん呼びも不自然ではない。


名字を教えないこと。
それは小太郎が用意した最後の保険であり、
切り札であったのではないだろうか。


小太郎withフレンズ


小太郎はスピンオフ時で、25歳。

会社を立ち上げたのが23、4くらいと仮定すると、

18〜22までの4年間、つまり大学生活は描かれなかった空白の期間となる。

しかし、16〜18という多感な時期にあれだけの仕打ちを受けた人間が、
環境を大きく変えたとしても、健全かつ良好な人間関係を結ぶことは非常に考え難いことだ。

結局「ここは本当の居場所ではない」を繰り返すだけ。

つまり、描かれなかった4年は恐らくこの一言に集約される。


「久しぶりだなぁ。この人、前はうち(友達レンタルサービス)のヘビーユーザーだったんだよ。」


小太郎が最もこのサービスを利用していたのが、
大学入学から卒業までだったのではないだろうか。


そして、はじめっちというユーザーがホッシーとアイちゃんの2人をプライベートで呼び出した時に、
小太郎が言う、このセリフ。


「困るんですよね、こういうの。
たまにいるんですよ、キャストと本当に友人関係になれたと思い込んじゃう人」


あまりにも淀みなく語られるこのセリフ、
実は小太郎自身が言われたことがあるのではないだろうかと。


これは推測オブ推測だが、小太郎はレンタルサービスで借りていた友達(キャスト)にも、
何かしらの「見返り」を渡していたのではないだろうか。

その上で、プライベートでも会ってもらっていたものの、
それがバレてしまい、会社からキャストとプライベートで会うのは禁止という警告をされたのではないだろうか。

その際、キャストはいくらチップ的な見返りをもらっていようが、
「お客様だから断れなかった」のだと言ってしまえばお咎めなしだろう。

彼は、またしても居場所を見つけられず裏切られたと感じたのではないか。

だからこそ、自分でその「居場所」を作ればいいと、
会社を立ち上げたのだといえるのでは。

「友情を金で買うようなクズ」とは、
小太郎が自分自身に思っていることであり、
だからこそ「自分」を見ているようで許せなかったのだろう。


そして、会社を立ち上げる際にどのように面接したのかは不明だが、
小太郎には「ホッシー、アイちゃん、ケイスケ」でなければいけない理由があったとしたら…?


もちろん自分がユーザー側だった経験を生かし、
一定水準をクリアしたニーズに合った人選であるのは間違いないのだろうが、
彼には、この3人でなければいけない理由があったと考えると、
3人はそれぞれ「小太郎が必要としていた存在」の象徴なのではないだろうか?


ホッシー→頼れる大人、年上、先輩
アイちゃん→幼馴染、女友達、彼女
ケイスケ→対等、同級生、親友


3人はそれぞれ小太郎が生きてきた中で、
欠けていたピースだった。

それを「仕事」という枠組みの中ならば、
手に入れることができるのではないか。

社長という立場ならば見下されるリスクはないに等しいのだし。

けれど、誰でもよかった訳ではなく、
小太郎はホッシーとアイちゃんとケイスケと、
「仲間」になりたかったのだ。

それは、「さみしい奴ら(顧客)なんていくらでもいる」と言いながらも、
「君達の代わりなんていくらでもいる」とは言わないことからも分かる。


だからこそ、彼らのことが知りたかったし、
一方的ではなく本当に喜ぶものをプレゼントしたかった。

「本気で3人のことが好きだった」からこそ、
「過ごした時間」を本物にしたかったし、
本当だと信じたかったのだろう。

3人のことを特別に思っていることは、
残酷にも3人が小太郎と決別するシーンで伺い知ることができる。

ケイスケの鍵の色は青、
アイちゃんの鍵の色は赤、
ホッシーの鍵の色は黄色。

これは、小太郎が仕事を受けている際に、
後ろのボートに貼られている依頼書の色分けと一致している。

青、赤、黄色、そしてその周りを囲む白。

「小太郎さん」は彼ら3人といれば、白でいることができた。


しかし、鍵を返されてしまった後に、
再び3人と再会した後に彼を包んでいるのは、紛れもない黒。

黒のパーカーに白いTシャツ。

Tシャツに描かれているのは奇しくも、
「赤、黄色、青」そして心臓のあたりから忍び寄る「黒」だ。

唯一欲しいものを自らいう描写のなかったホッシーへ、
小太郎が贈ったプレゼントも「白」のスニーカーだった。

この時点ではまだ、白の部分も残されていたのだろう。
それはビリオネラで小太郎がクイズを出題するまでのやり取りからも感じられる。

しかし、「城山小太郎」の黒は、ついに
青も赤も黄色も全て飲み込んでしまった。

そして、ドリームキングダムへ

これまで、何度も友達作りに失敗してきた彼が、
「仕事」という繋がりがあれば得られると思っていた「ブラザー」


けれど小太郎は自身の「友達のつくりかた」を、
自ら否定し、「友情の壊しかた」を得てしまった。

恐らく、自分が得られなかったものをリアルタイムで得ていて、
なおかつこれまでの人生も明るくて、この先の未来も楽勝コース、
「金でリア充の真似事なんて虚しい」という、
一番求めていた、そして一番羨ましくて憎かったであろう存在であるケイスケが、
一番最初に怒鳴り声を上げた時に、
小太郎は、己の残虐性が芽吹くのを知ったのだろうと思う。




「僕がクイズを…?」

ここが運命の分かれ目。

その先に、彼を待ち受けていたのは、皮肉にも、
「彼自身の価値を認めてくれる」存在だった。


はっきり言ってしまえば、残虐性のない人間など存在しないと私は思う。

5%でも10%でも、残虐性を持ち得なければ、
他人の痛みを想像することはできないからだ。


けれど、その誰もが持っている僅かな残虐性を
ほとんど100%に膨れあがらせるスイッチを、
小太郎は手に入れてしまったし、
在全はそのスイッチを持っている小太郎を
「君が必要」だという。

「残虐性においては誰よりも優れている」
その言葉は小太郎を肯定し、後戻りできなくさせる。


小太郎にとっての「ここではないどこか」は、
「ドリームキングダム」だったのだ。

探し続けていたその居場所で、
彼はどのように「生きる」のだろうか。


その答えは、7/19 22:30〜より日テレ系
放送予定の「ゼロ一獲千金ゲーム」6話から明らかになる。








小太郎のドリキンにおけるお給料が、
クリームソーダだったらどうしようという
完全にいらん心配で、THE・エンドだ!!!!

*1:その美貌で人を狂わせることで有名

*2:無論そこまでの興味もなかったのだろうが