希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

アンパーフェクトハニー・アンパーフェクトダーリン ch2

アイドルを応援していて、パフォーマンスに力をもらったり、
笑顔ひとつで救われたり、ファンとして愛し愛されてる実感があったり、
とにかくアイドルありきで生きてきた。



けれど、私はアイドルを応援する時に、
いつもどこか罪悪感を抱いていたように思う。


その正体は、自分の人生を生きていない、という後ろめたさだ。

夢を持っていない、もしくは見て見ぬ振りで努力をしていない。

だからこそ、夢を持って頑張っているアイドルに
自分の夢も、人生も托す。


それはいつも他人の人生を消費しているという罪悪感とも隣り合わせだった。


決して、悪いことではない。
応援スタイルやスタンスは人それぞれであって、
私にとってアイドルを応援することは、
共に同じ夢を見ているということだ。


アイドルに夢を見ているという人もいるしそれも一つのあり方だけれど、
私はアイドルと同じ夢を見ている。

つまり、NEWSと美しい恋をしている。


けれど、だからこそ私は「わたしのアイドル」に対して罪悪感を抱かずにいられなかった。

自分の人生を生きられないからって、
一人の人間のアイドルとしての人生に乗っかってしまって申し訳ないなって。

そんな私にも一応夢らしきものはあって、
もし無事に成人を迎えていたら、
一生続けられるような仕事をしたいと思っていたし、
それは高校生活を通して好きになったファッションに関わっていきたいというものだった。

高校生の時にはもう自分が何者か分かっていた(つもりだった)ので、
40歳50歳になっても一人で生きていけるように、
ずっと続けられるような仕事を見つけなきゃいけないと思ってたし、
その一方で自分の人生をまるきり諦めてもいた。

行こうと思えばいつでも行けるから、という理由を並べて、
進学しなかったのもどうせ途中で無駄になるかもしれないのに、
両親に大学費用を払わせるのは勿体ないという気持ちもあったけれど、
本音は自分の人生はこんなものだと思いたかったのだと思う。

特に当時は色々なことが重なってしまって、
いわゆる限界というやつだった。

あの時、はっきりと、私は私のことを諦めていた。

それでもずるずると生きのびてしまって、
NEWSにとっても飛躍の年だった2016年に、
やっと夢に繋がるかもしれない仕事に就けた。

しかし、そこで私はめちゃくちゃに挫折する。
もう笑ってしまうくらいにつまづいた。

仕事内容はとても好きだったし、
仕事をする上で自分なりの誇りも持っていたけれど、
どうしようもないくらい環境と人間関係に叩きのめされた。

オタク的にはツイッターも始めてとても充実していたけれど、
それだけに私生活とのギャップが凄まじくて、
とても苦しかった。

多分それまでの自分だったらそれでもよかったのだと思う。

手越くんがよく言う「明日死んでも後悔がないように生きる」ということを、
私は全く逆の意味で強く思っていたからだった。

それはいつか手越担ではなくなるかもしれない、
だって全く自分には似合わないしという保険をかけていたからでもある。


しかし、ついに本当に手越担に「なった」という担降りブログを書いてしまって、

それからまたずっと言葉にしようともがいていた、
私がどうして手越担なのか、どうして手越くんだったのかのもう一つの意味。

その意味を込めて、今年の3月に
「わたしのアイドル」というお題のブログを書いた。

アンパーフェクト・ハニー アンパーフェクト・ダーリン - 希望と媚薬



そこから変わらず、「わたしのアイドル」は
ただひとり手越祐也くんでしかないし、
ブログに書いた通り、


「汝の自担を、汝のごとく愛せよ」

は、今も私の課題だ。

その課題をクリアするために、私が私と交わした約束のなかで、
大きく人生が動いたといえるのが、転職である。

去年の秋に何も頑張っていなくて努力もしていない自分が嫌で仕方なくて、
年齢的なこともあって挑戦するなら今ではないか?と、
今までと全く違う職種に飛び込んでみた。


上記ブログに

3月から新しい職場で働いて、日々研修をこなして
満員電車とか満員電車とか通勤時間に伸し掛られながら
今私はやっとまた「何かを頑張っている」と思える。


と最後に書いたけれど、このちょうど3月末から
ツアーが始まる予定で、
その時点ではオーラスのチケットしか持っていなかったので、
私は今回の目標を、「オーラスまでに職場で昇格すること」に定めた。

ちょうど4月から現場デビューすることが決まっていたから、
どうしても5月中に達成できるようにしたかった。


けれど、今回がこれまでの目標と決定的に違っていたのは、

達成地点を自分の手で決められないということだった。



とにかくやるしかないけれど、
いつまでにどれだけの結果を出せばいいのか…
明確に定まっているわけでもなく、

日に日に焦りばかりが募っていった。

正直に言って甘くみていたと思う。

だから物凄く悔しかったし、
仕事に対して負けず嫌いなことを改めて自覚して、

その分も加算されてツアー中はやっぱり自己嫌悪に襲われもしたけど、

味スタが発表された時は、これで約束を守れるってほっとした。

その場が用意されているならやるしかない、やらないなんてないから。

またチャンスをくれたNEWSに感謝もしたし、

6月から一層、気合を入れて頑張るしかないって気を引き締めた。



だけど、6月に当たり前に続くと思っていたことがそうじゃなくなった。

正直要望を出したり、それを呼びかけたり、

タグをつけてツイートするのは元々苦手なタイプで、

率先してやる方では全くなかったから、

色々と動いてる自分が凄く不思議でもあった。

そのうちに、どれだけ今の自分がNEWSによって構成されているのかを思い知ったし、

しようと思わないと変われないものだと思っていた自分が、

気づかないうちにも様々な変化を迎えていたと分かった。

そして何よりも自分がそれを楽しんでいるんだということ。

あくまでこれは自分のためにやっていることで、

全ては自己責任だし自己満足なんだけれど、

物凄く今、私は生きてるなぁと思った。



とにかく必死で日々を生き抜くような気持ちで生きた6月の終わりに、

上司と面談して昇格が内定したと聞かされた。

そこからすぐに引っ越さなくてはいけなくなって、

それこそ高校生の時からずっと住みたいと思っていた憧れの街、

いやここは私が住む街だって本当は思っていた街で家を探すことにした。

1年前に無職だからやることなくて、

でも自分のなかに夢があったことを忘れたくなかったのか訪れた時には想像もしていなかったけれど、

この街に住むには一本道しかないと思っていたけど、

そんなことなかったんだなと思った。

めちゃくちゃ回り道と寄り道してデコボコだったけど、

ひとまず辿り着けたんだって。

夢の叶え方は必ずしも一つのルートに定まってるわけではなくて、

歩き続けてたら思わぬところから道が続いてることもある。

社会人として働くようになってから、

私のコンパスはずっとNEWSだったんだな。

迷いまくったけれど、離さなくてよかった。



少し話は戻るけれど、2年前の挫折の時に、

とにかく何かやっているという証だけが欲しくて行った若者向けの就業センターでの話。



その時はもうただ土日休みで収入が安定していて、

オタクがやりやすい職業ならなんでもいいし、

事務とかやろうかななんてなめきったことを考えていた。

そのどこかで、それを自分ができないだろうなってことも多分、解っていた。

でも、もういいやどうせ本当に自分自身の人生を送ることなんてできないんだからって、

じゃあとことん逃げてやろうと思っていた。



そこでは、まず希望の職業や職種をカウンセリングされて、

面接までサポートしてくれるのだけど、

そのカウンセリングの時に、何がしたいですか?って聞かれて

「普通に、事務とかですかね。でも私パソコンできないんです。あの、ブラインドタッチとかできないんですよ。人差し指でしか打てないんです」と答えた。

それに対する職員の方の一言が、衝撃的だった。

「できなくたっていいんですよ、ブラインドタッチなんか。

確かに出来たらいいかもしれないですけど、打てるんでしょう?

じゃあいいじゃないですか。

やってるうちに早くなりますよ。みんなそうです。」

まるでなんでもないというように言われて、

「いいんですか、出来なくても」

そう返した時に、私は逃げてるはずなのにそこにすら逃げ道を用意していた自分に気づいた。

ブラインドタッチができないから、パソコンを使う職種にはつけない。

そうやってできない理由を探していただけだった。

この時、私はまずやってみなきゃ分からないということを学んだのだと思う。

やる前から色々と理由をつけているのは、

やりたくないだけだった。

だけど、私は今毎日パソコンと向かい合っている。

相変わらず、ブラインドタッチはできない。

練習はしたしスピードは速くなったけれど、

比べられたら全然遅いし、側から見たら売ってる姿も不恰好だろうけど。

でも「打ててるからいいじゃないか」っていう、

あの完璧でなくてもいいという一言は今でも私を救ってくれている。

それは、きっと挫折して仕事を辞めなければ出会えなかった一言だし、

失った夢もあるけれど、おかげで出会えた私にとって必要な糧だった。



理由をつけるといえば、同じように、

私はいつもアイドルなしで生きることを怖がっていたように思う。

それは、アイドルのために生きることで、

自分のために生きなくて済んでいたから。



けれど、私は今、アイドルと共に「私」を生きていると思う。

やっぱり、アイドルを「麻の着物」としてしまうけれど、

「生きろ」を手に取るまで死ねないという生き方を私はこれからもするんだと思うけれど。



それでも、「生きろ」を初めて聴いた時に、

いつかこういう歌を届けてくれるグループだからこそ、

私はあの時にNEWSを好きになったんだろうなとはっきり分かった。

そして、私はNEWSと共に生きていきたいんだって。


NEWSでよかった。




これで「わたしのアイドル」に会える!となってからは、味スタのために生きていた。*1



そこで私が「わたしのアイドル」に伝えたいことは、

今、一つしかない。




手越くんを好きになって、こんっなにいいことがあったんですよ!!!!って世界中に伝えたいけれど、

完璧になれないままの私で、まずは一番に伝えに行くね。





「私は、私として生まれてきて、
あなたに出会えてめちゃくちゃ幸せ」





好きになったのが手越くんでよかった。

*1:発表の時も思ってたけど、そう思わないことで絶対目標達成する!って鼓舞してたから