希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

見ざる聞かざる言わざるを得ない 下書きなどない愛

「信じる」とは、果たしてどういうことなのだろう。


「信」という字は、人偏と言と書いてできている。

人偏とはつまり人のことである。

人に「言」

「言」は言葉を意味し、その下部にある「口」は神に祈りをささげる時に使う神器を表していることから
人偏と合わさることで「神に誓いを立て、守らなければ罰を受ける」という様を元々は表していたようだ。


アイドルはしばしば、「神」と表現される。

そして対を成すようにファンは「信者」とも。


しかし、いつも罰を受けているのは「神」の方ではないのか?


アイドルを神だとするならば、
唯一「信者」が罰を与えられる神だといえよう。

それはアイドルにとって「神」にあたるのは
往々にして信者を含む「世間」だからだ。


そして、「神に誓いを立てる」ことが
「偽りでなく正しいもの」であることから
信には他に「真実」、「誠実」
のという意味も含まれる。


アイドルという「神」が罰を受けるのは
世間が「真実」だと定めたそれを明らかにした時だ。


しかし、アイドルが「真実」を白日のものに晒されることによって「誠実じゃない」と罰を受けなければならないのなら
「信者」が信じているものは一体なんなのだろう?

「正しくないもの」、即ち「偽り」なのだろうか?

アイドルとは、虚像だといわれることがある。

虚像とはいわく「物体から出た光線が鏡・レンズなどによって発散させられるとき、その発散光線によって、実際に物体があるように結ばれる像」
であるから、
主に「誰の目から見ても同じように"見えない"」という点において、アイドルを表現する言葉として的確といえるだろう。

つまり、自分のレンズを通して見えた"像"を
他の誰かに自分のレンズに映っているように見せることはできないのである。

私の目に映っている「彼または彼女」を
私に見えているように「あなた」に見せることはできない。

そして、その「彼または彼女」ではなく、
「彼また彼女を映しているレンズ(目)」を
信じるか否かもまた自分で決めることしかできない。


アイドルを「神」だとするならば、
その「神」は「信者」がいなければ「神たり得ない」のだ。


「世間」に罰せられ、「信者」がいなければ、その体が保たれない。


そんな、全知全能ではない、完璧でない「神」がいるだろうか。

私は、いないと考える。



なぜなら、答えはシンプルに「彼または彼女」は"人間"だからだ。



確かにその輝きや美しさは、時に人ならざるものにすら感じられる。
私もよく表現の一つとして天界の人物として形容することが多々ある。




だけど、本当は解っている。



「彼または彼女」を「神」にしたいというよりは「人間」にしておきたくないのだ。


「神」を信じたいのではなく「人間」だと信じたくないのだ。


「人間」、そう自分と同じ「人間」だと認めてしまったら、都合が悪いから。
自分が何をしているかに気が付いてしまうから。


私は、去年「わたしのアイドル」を神だと思うこと、思おうとすることをやめた。


彼は、私と「同じ人間」であり、
同じくたったひとつの名前をつけられ、
同じく血も涙も流す、私と「違う人間」なのだ。


信に含まれる「まこと」
私にとってはこれこそが「まこと」なのだ。

そして、決してそのことを忘れないと自分に約束したことの「しるし」でもある。


信の「言」の上部は「辛(しん)」、罰として刺青を入れる時に使った針を表した形だ。

アイドルを応援することは、いや、アイドルを「人間」として応援することは決して幸せなことばかりではないだろう。

自分が「彼または彼女」にむけているもの、「自分のレンズ」を常に磨き、疑い、そして信じ続けなければいけないのだから。

しかし、私は彼を「神」として求めて、罰を受けさせるよりは、
「人間」として求めて、自分のレンズを通すもの以外は、
何も見ず何も聴かず、愛してると言いたいのである。



いきなり私個人の胸の内になってしまうが、
私は「わたしのアイドル」を好きでいることを考えるにつけ、
人とは誰かを想わずには生きていられないのだなと思う。

私が元々そういう生き物だっただけかもしれないけれど。

私は私に人間として、人間を想う資格をくれた
「わたしのアイドル」に感謝している。



私は永遠などないとわかってしまっているので、いつか後悔するのかもしれない。
それでも、信じ続けたことを後悔はしないだろうと思う。



「同じ人間」として、誰とも違う自分の人生を生きている以上
私も「同じ主人公」なのだと気づかせてくれてしまったあなたが
「同じ夢」を見せてくれる限り、その夢が一つでも多く叶う日まで、
見ざる聞かざる、 言わざるを得ない、
ただ「君に会いたい」