希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

雨上がりの空に 虹を吼え

お題「NEWSアルバム『EPCOTIA』レビュー」

 

いきなりアルバムに関係ない曲の話をして申し訳ないのだが

この数年間の、個人的な増田さんのテーマソングは

「Fire Work/Katy Perry」だった。

 

歌詞を読んでもらえれば、何となく察してもらえるかと思うが

 

 

 

You just gotta ignite, the light, and let it shine

(あなたは ただ着火するだけでいいの

火を灯して 輝かせるのよ)

 

Just own the night like the 4th of July

(7月4日*1を祝う夜のように)

 

 

 

 

Come on, show'em what you're worth

(さあ みんなに見せるのよ あなたには価値があるってことを)

 

Make'em go, Ah-ah-ah

(歓声をあげるわ Ah-ah-ahって)

 

 

 

という一節もあって、『スペクタクルム(美観)』を生み出す

増田さんにぴったりだと思っていた。

その髪色のように赤をはじめとするカラフルな火光の輝き

七色の喝采をあげる合図は出すのはこの人なのだから。

 

 

 

ブログを書くにあたって、久しぶりに

この曲を聴き返したのだけど、よく聴いていた当時はどちらかというと

注目していなかった歌詞の一節にハッとした。

 

 

 

 

Like a lightning bolt, your heart will blow

(雷に打たれたみたいに あなたの心に響くのよ)

 

And when it's time, you'll know

(時が来れば きっと分かるはず)

 

 

 

そうか、時が来たのか。と思った。

 

 

 

EPCOTIAが発売されて、順繰りに再生していき

最後のこの曲に辿り着いて聴き終わった後

無意識に停止ボタンを押していた。

 

他の何も聴きたくないと思ったし、聴けなかった。

先ほどまであんなにもこの胸をときめかせてくれた

コーティー・エティプトリー機長の声までも。

 

 

ソロ曲だけではなく、どのような作品であれ

そこに製作者の意思や意図はあれど、はなから作品を

「製作者そのもの」と捉えてしまうのは早計だと私は思っている。

 

特に、アイドルはソロ曲であってもそれを歌う

本人作詞作曲でないことがほとんどであり

アイドルそのものの性質としても

そのアイドル本人を歌うというのは本来はそぐわないように思う。

それも、売れることに物語が必要とされる前の時代の話かもしれないけれど

ある程度の売り上げが保証されているジャニーズの

ファン以外はコアに聴きこまないであろうソロ曲には

そこまで適用されない「法則」に思える。

 

 

ただし、それは本人が否定する場合のみだ。

本人がこの曲は「自身」を歌っているのだ

と言っているのであれば、それはそのまま曲の主題となるだろう。

 

しかし、それは大体において肯定も否定もされない。

「想像の余地」を大切にしてくれるアイドルならではといえるかもしれない。

 

基本的に作品の解釈は人それぞれであり、

例え最大公約数の回答があったとしても

それが「正解」ではない、と思っている。

 

一つの作品に対してその作品を受け取った人の分だけ「解答」がある。

 

 

私は、先にも書いた通り 「Thunder」を聴いた時に

たった一人で何もない平地に立っているような気がした。(到底立っていられないような気持ちだったが)

 

そう、まるで雷に打たれた後のように。

 

この曲を語る時に「雷に打たれたように」なんて

まんますぎて恥ずかしいくらいだが、だけど

やっぱりこの表現しか思いつかない。

 

逆に言えば、それがこの曲の凄味でもあり、

この曲で伝えたいこと(あるとすれば)

がしっかり一本の木として立っていて

そこを避雷針として最初から最後まで

ブレずにこちらに届いているということだから。

 

アルバムを初めて聴いた日の夜、ソロ曲について

私はThunderにしか触れなかったのだけど

その時の第一声がこれ。

 

せい on Twitter: "増田貴久とはどんな人だって聞かれたら今の私はThunderって答えるかもしれない"

 

 

この曲に出会った瞬間に、私の中の増田貴久のテーマソングは

増田貴久その人によって書き換えられたのだ。

 

 

正直、この曲について書くのは自分でもまだ早い気がする。

 

それに、怖い。

そうだ。私はこの曲が、とても怖い。

 

 

 

 

 

去年「あやめ」を聴いた時も、言いたいことも感じたことも溢れるほどあったけれど、

「私自身」のことに触れなければ全てを書くことはできないだろうと解っていたから、最初から何も書かなかった。

 

それは怯えや臆病さ故でもあるし、世間に手渡された私の中に存在する透明な色眼鏡を割る勇気のなさからでもある。

私には嫌われる勇気がまだない。

 

暫らくたって、いのちをうたを見た後に

別に全てを書くことはなくとも語ることはできるなと気づいたので

その時点で書けることを書いて、またその後

今年の初めに書いたブログで現時点で書けることは書ききれたと思う。

 

 

そして、それと似て非なる理由で

私は、この曲について語ることが怖いのだ。

 

 

何故ならこの曲は、私にとって増田貴久「そのもの」だから。

この曲によって導かれるものは

「私の目に映る」増田貴久、その人だ。

 

目の前に引きずりだされたそれは、そのまま私が見てきた時間であり、私がかけているバイアスであり

つまり結局のところ「私」を構成する一部でもあるからだ。

 

「彼」を語ることで、現われる「私」が私は怖い。

 

だけど、今まだ増田貴久その人が出す「解答」を見る前ならば、

そして正解も間違いでもないのであれば、私の今の「解答」を書いておくのは、今しかない気がする。

 

「黙って俺を見ていろ」とたったひとつだけ胸に響いた時から、

はっきりと覚めた目で、夢の続きへ戻るまで

恐らくこのたったいちどだけ沈黙を破らせてほしい。

 

 

 

 

※とても卑怯かもしれないが、この先は私の「解答」

つまりガチガチの主観解釈になる。ので、自分の中の曲のイメージを崩されたくない方は避難してください

という予報です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Thunder」は、物凄くザックリ言うと英詞と日本語詞で構成されている。

 

この曲の主人公を一人の人間として、更にザックリと

英詞」=「主人公の心の声

「日本語詞」=「主人公の声」と仮定しよう。

 

 

Don't cover your ears...

 

ここで「耳を塞ぐな」と’言って’いるのは、

主人公の心の声=「もう一人の俺」である

 

「もう一人の俺」から「俺(主人公)」へ、

この声を、つまり自分の身の内から聴こえてくる声に耳を塞ぐなと、

警鐘か牽制か立ち込める暗雲か、逃げるなというように告げているのだ。

 

I'm not afraid, oh no...

何があっても 逃げ出さず 目を逸らさずに向かった

I'm wide awake, yoo-hoo...

望みは 指くわえ焦がれず 手を伸ばしてきた

 

 

 

ここで語られているのは「もう一人の俺の現在」と「主人公のこれまで」

 

「今の俺はすっかり何もかもわかっている」と悟っているような、「もう一人の俺」に対して

 

主人公はこれまでどうやって歩いてきたのか、

そのまま、どうやって生きてきたのかを表している、

「もう一人の俺」に対する淡々とした語り、もしくは

「俺のことは俺が一番わかっている」という挑発に聞こえなくも、ない。

 

 

"Live in someone's dream pretending to be someone real?"

 

 

No! My life is MY LIFE!!! 

見くびるな 自分で支配するんだ yeah...

 

 

「もう一人の俺」からの問いかけに、

違う」と強く反論している。

加えて、自分はそういう人間なのだと言い聞かせているようにも聞こえる。

 

「俺の人生は俺の人生(もの)」と叩きつけるそれは、ちょうど人生の標語のようだ。

 

「支配」という言葉からも感じられるように、この主人公は「支配欲」

とりわけ自分自身に対する支配欲が強いのだろう。

 

きっと「自分のことをよく理解している」と周りから評される人物なのだと感じる。

それほどまでに完璧な自己演出をすることが出来るし、

それだけに「自分の理解できない自分自身」「自分の把握できない自分自身」を恐れているようにも思える。

 

日々変化していく自分の中に散らばるどれほど細かい欠片でも見逃さず拾い集めて、

ネックレスのように繋げて身に着けることで「自分自身」でいようとしているような。

 

"Hurting under smiles and loosing identity?"

 

NO... 哀れむな いちいち フラついてられないんだ oh...ah...yeah

 

 

ここで「英詞」、つまり「もう一人の俺」の口調が先ほどから最初と少し違っていることに気づく。

 

その口調は決して激しくはない。

むしろ、その後に続く日本語詞に比べて怖いくらいにやさしい。

それに先ほどまで断言していたのに、

問いかけるような口調に変わっている。

 

 

「その声」はひとりでにできたものではないのかもしれない。

 

過去に主人公に向けられた言葉、視線、それを内面化したものだとしたら。

「もう一人の俺」そのものからの言葉なのではなくそれらの代弁なのだとしたら。

 

これはあなたの為なのだから、愛しているからなのだと

言い含めるような、「かわいいあなた」の為の言葉と視線。

やさしく行く手を阻む声たち。

 

「いちいち」という言葉には、「そんなことで」というニュアンスが含まれているように思う。

本当に「そんなこと」かはいざ知らず、もしくは関係ないと切り捨てていかなければ

「そんなこと」でフラついていたら到底立っていられない世界に生きているというようにも。

 

 

どしゃ降りの雨に

吹き荒れる風に 身をすくめて

oh...声を押し殺して

I  cry too...

 

 

この「もう一人の俺」が言う「too」はどこにかかっているのかといえば

主人公である「俺」が声を押し殺し泣いている姿だろう。

 

涙なのか雨なのかも分からないほど荒れている中でも

「押し殺した声」は「俺」には聴こえている。

「俺」だけは「お前」が泣いてることを知っている。

だから、「俺」も一緒に泣いているし、「お前」をひとりにはしない。

 

それは、呪文にも魔法にもなりうる囁きだ。

 

Am I still your star?

Still your charisma?

Am I still your hope?

Still your hero?

 

いつの間にか消える

I'm your Thunder...

 

 

この「俺」とは「主人公(お前)」にとっていったいどういう存在なのだろう。

 

スター?カリスマ?希望?ヒーロー?

 

「俺はまだ…」という言葉からは、

いつかの主人公が抱いた「夢」が透けてみえる。

それこそ、「自分」というものが他者を通さず「自身」だけにみえていたあの日のこと。

 

「もう一人の俺」「理想の自分」でもあるのかもしれない。

 

雷鳴のように一瞬で轟き、いつの間にか消えている。

強く耳に残るくせに決して目には見えず形には為らず、心を焦がすもの。

 

つかめそうでつかめないまま

「もう一人の俺」は残酷ともいえるくらい優しく

「俺はお前の"理想の俺だ"」という。

 

 

 

吹き荒れる風に

聞こえるか?聞こえるか?

yeah...on and on and on...

I cry, I cry, I cry, I cry...

I try, I try, I try, I try...

Still your star? Charisma?

Still your hope? Hero?...yeah

 

声がかき消されそうなくらい吹き荒ぶ風の中で、主人公は怒鳴るように

そうすることで確実に届くように、「聞こえるか?」と歌う。

 

この激しさは、私にはやはり「もう一人の俺」に対してのものに思える。

または主人公が他の誰かには見せられない、

「もう一人の俺」にしか見せることのできない姿ともいえる。

 

 

So don't cover your ears? 

 

 

ここで「耳を塞いでいる」のは、冒頭でもほとんど同じ言葉を告げられた「主人公」だろうか?

 

違うのは「So」と「?」

 

「それで」「ところで」と、疑問符

 

「ところで、耳を塞いでいないよな?」

と、問いかけられているのは

恐らく主人公で間違いないだろう。

 

では「耳を塞いでる」のは誰なのか。

この主人公が「聴かせたい」相手なのではないだろうか。

 

 

塞がないで耳

変わる雲行きに たじろがずに "say what? say what?"

いつか風向き変わり I'll be nobody

モノトーンに染まる 昔話に ah... "no...no...Let me fade away..."

 

 

「塞がないで耳」この、声の優しさはどうだ。

 

塞ぐ手のひらに触れて、そっと耳から外すような。

こんなに優しく力強い衝撃があるだろうか?

 

ここで主人公が語りかけているのは「声を聴かせたい相手」に対してである。

 

では、コンマで挟まれて表記されている英詞は、誰の「台詞」なのか。

ここでは主人公と、もう日ひとつの存在しか感じられない。

 

「耳を塞ぐ」のは「聴きたくないから」でしかない。

 

これから話すのは「俺が伝えたいこと」で「君が聴きたくないと思っていること」

それをきっとお互いにわかっている。

 

しかし、そっと手のひらに触れるその声から伝わるのは、''君には聴く耳があるだろう?''という信頼だ

そう思えるし、思いたい私がいる。

 

この「会話」だけ抜き出してみよう。

 

'"say what? say what?"

(なんだって?なんて言ったの?) 

 

 I'll be nobody

「俺は誰でもない」

 

 "no...no...Let me fade away..."

(私を色褪せさせる*2

 

ここで鳴っている「」はそのまま「俺自身」なのだと捉えたい。

 

 

よこなぐる雨に

吹き返しの風に 立ち向かって

oh...声を出し尽くして

I try too...

 

 

もう一人がいなくなり「自身」になったとて、すぐに「自信」が生まれ根付くわけではない。

雨に殴られ、風に揺さぶられ、それでも声を出し尽くすことで

かつて一緒に泣いていた「俺」へ、「俺も挑む」という消えそうで消えない静かな誓い。

 

 

 

Am I still your dream?

Still your glory?

Am I still your faith?

Still your fantasy?

 

遠くで鳴り響く

I'm your Thunder...

 

 

 

 

ここで「俺」が「聴きたい」のも、その声を「聴かせたい」相手に対してだろう。

もう一人の俺であり理想の自分に言われていたことをなぞるように、問いかける。

 

「俺はまだ…」君の夢なのか?

       君の誉れなのか?

       君の信頼なのか?

        

俺はまだ君の幻想なのか?

 

遠くで鳴り響いているのは確かに「君の雷」である「俺」なんだと伝える声は、やはり優しい。

そして、少しだけ濡れているようにかなしい。

 

 

聞こえるか?聞こえるか?

I feel and bleed like you...

I smile and cry like you...

I'm just a man I like you...

 

Still your dream? Glory?

Still your faith? Fantasy?...yeah

 

この「聞こえるか?」はこの声が届く相手を

「聴いてくれる」相手がそこにいるか探して、確かめているように聴こえる。

 

「君の幻想なのか?」と問いかけながら、

その裏で君と同じなんだという現実を流し続ける声は

これしか表現が見つからないのだが、「君」と同じ「人間」のものに聞こえる。

 

 

聞こえるか?聞こえるか?

バイアス越しに 何が見えるの?

その情報 誰が流してるの?

破れる傘で 何を凌ぐの?

当たり前のように 雨は上がるの?

 

 

雷が一番落ちやすいのは、「他に何もない開けた平地」だ。

 

避けようがないところで、その先に待ち受けるものから

逃れるすべもなく雷鳴をただ聴いているかのような。

 

稲光の瞬き。僕の心象は恐怖と無力感と悔しさと理不尽さと、内と外に対する怒り。

 

自分自身に対する疑問符を雷雨のごとくあびながら、そこから動けずにいる。

 

 

 

 

ここまでが、歌詞の解釈。で私が出した「回答」

 

これ以上言うことはあまりないというか、歌詞の世界とは直接関係ないことなのだけれど、

私個人には、"Hurting under smiles and loosing identity?"というところが刺さる。

 

私は手越くんの担当、手越担になった時に決めたことがいくつかあるのだけど

そのうちのひとつに「手越担であることをアイデンティティ」にしないというものがある。

 

その時はまだぼんやりとしていたけれど、去年その境界線がぼやけてしまって

危うくなったところで気づいた。

「自分のアイデンティティを人にゆだねる」ということはこんなにも恐ろしいものなのかと。

 

もちろんそれをしたい人もいるだろうし、」それが自分にとってはベストだという人もいるだろう。

 

ただ私にとって、自分の目で映っているだけで、はるか遠くの人に自分のアイデンティティを託すことはできないと思った。

自分とその人の境界線を緩ませたり、もしくはその人自身を自分と全く別の代物にしてしまいかねないと悟ったからだ。

特に、まだ自分のアイデンティティすら確立できてなくて、できていたとしても他人に預けることに甘えてしまいそうなのにって。

 

その点、増田さんは、物凄く自らのアイデンティティを誰にもゆだねず託さず預けない人だと思う。

あくまで自分自身のことは自分が支配しようとするし

変化するとしても常に「今」の自分のことを把握していたい人なんだと思う。

 

 

 

何か言い訳めいたように聞こえないことを願うのみだが、

私はそんな増田さんに心底憧れている。

本当の男に生まれてたらこういう男に生まれたかったランキング大気圏一位の男である。

自分のことが好きで、誇っていて、自信があって、ちょっとだけなくて、

自信がないからこそ、自身を探し続け、変わり続け、挑み続け…

変わらぬ夢を抱き続ける増田さんは、私が追い続ける憧れの人だ。

 

 

最後に、最後の問いかけにだけ答えて終わりたい。

 

私は思い、願う。

それが当たり前でないことを知った時に

きっと雨はあがる、と。

 

 

*3

 

 

 

 

*1:※米国の独立記念日

*2:ここ自信ないんで他によさげな表現ある方Let me hear...)))

 

主人公の語りと合わせて聴くと、「変わっていく」「過去になる」ことを

「伝えたくて」「聴きたくなかった」のであろうということが分かる。

 

ここまで明確な第三者が出てくるまでも、

「もう一人の俺」と「俺」の世界はモノクロのイメージだった。

 

雨の日に、世界が色をなくして見えるように。

 

「理想の俺」であるはずの、「もう一人」から

「ところで…」と第三者の存在を持ち出したのは、

」になるためには、それが必要不可欠であるという

暗なメッセージなのだろうか。

 

だとしたら、「昔話」はモノトーンに染まるべきといえるのだろう。

 

 

その時まで If you feel me now(「今」の俺を感じられるなら)

 

この歪んだ声が 聞こえるなら

同じ血が通う者 同士なら

"Live in someone's dream pretending to be someone real?"

 

 

ここでずっと「もう一人の俺」の問いかけは

表記されているものの、ほぼかき消されるように

「聴こうとしなければ」聴き取れないほどかぼそく聴こえづらくなっている。

完全に消えたわけではない、けれど。

 

しかし、もう主人公はその問いかけには答えることなく、

ひたすら伝えたいことを「聴かせている」

 

主人公は「もう一人の俺」の声にもう

答えることはできないのか、その必要がないのか、

それとも「聴こえていない」のか。

 

あれほどまでに優しかったのに「この歪んだ声」が「聴こえるなら」という詞からは、

「この声になっても」「この声でも」というニュアンスが感じられる。

 

 

それを歪ませているのは消えつつあるもう一人の俺なのか、

それを完全に「支配」しようとしている主人公によるものなのか。

 

主人公は、誰でもない望んだ「」自身に為るのだろうか。

 

 

 

ダサい大人に なりたくなくて

周りにも 流されたくなくて

吐き出したい言葉 飲み込んで

たまには トボけたピエロも演じて yeah...

 

"Hurting under smiles and loosing identity?"

 

 

血を吐くように、という例えがある。

例えここの歪んだ声で畳みかけられるのは、まさに血を吐くような独白だ。

 

そしてその血は、私にも流れているのだ。

 

同じ血が通う者同士だからこそ、この独白が痛い。

 

 

I'm like you, like you, like you, like you...

皆と同じに Smile and break like you

そう今だけさ If you feel me now

は 耳 塞がず Hear me now!!! oh...yeah...oh...ah...

 

 

ここまでくるともう主人公は、完全な「」となって

「聴かせよう」としてきていると言えるだろう。

 

I'm like you, like you, like you, like you...の「....」はこの「俺は君のようで、君のようで…」という

矛盾しているようでしていないことがずっと続いていくこと表している。

「君」は一人ではなく、そのまま主人公が

その声を「聴かせたい」のも

誰か一人に向けてではないのだということが分かる。

 

 

「皆」と同じようにという、「皆」とは主人公が「聴かせたい」と思う全ての人だろうか。

 

先ほどは「その時まで~」と言っいた「今の俺」を感じていられる時間は、

「今だけ」になってしまった。

 

次の瞬間にはもうすべてが過去。

 

「もう一人」とともに、まるで空模様の移り行くスピードまで昔話になったかのようだ。

 

それは「君」とおなじように笑って、「君」と同じように自分を壊して破って切り開いているから。

 

 

俺はお前の雷(理想の俺)だ」と言われていたはずの主人公が、

雲を腹に溜め込んでここぞとばかりに鳴らす「は」

 

まるでそれが、それこそが俺自身の声だと言わんばかりに鳴り響く「今すぐ’’俺’’を聴け!!!」((

どうでもいいが、油断するとどうしてもこの「 Hear me now!!!」を「聴きな」に空耳してしまう。

*3:EPCOTIA搭乗後、「im your Thunder」にはもしかして「雲の上の人」ではないという意味もあるのかもしれないと思った