希望と媚薬

ひとつだけその願いをいつも遠くで祈ってる「どうかいつも元気で笑っていてほしい」

「私、手越担になる」4年かけて手越祐也くんに担降りした話

 

やっと書ける時がきたかな〜と思うので書こう…というか今書いておかないと多分もう書かないし年々記憶力がポンコツになっていくので書きたくても書けなくなるから…(老い)

 

何を書くかっていうと、いわゆる担降りブログというやつだ。

 

私の担当は世界一かわいくて最高のアイドルこと手越祐也くんなんですが、

手越くんから誰かに降りるわけではなく手越祐也くんに降りた時のこと。

 

もうその時から4年は経つのになんで今更って感じだけど、

その時はまさか自分がブログをやるようになるとは思ってなかったし、

担降りブログを書いてる人もそんなにいなかった気がする。(多分)

でも人のを読むのは凄く好きだしオタクに会ったら必ず「何で好きになったんですか?」って担当になったきっかけを聞くんだけど、

そういえば自分のはちゃんと書いてないな~と思ったので、

個人的な備忘録と4年越しのラブレターとして書いておこうと思う。

 

 

4年前のことなのでところどころ記憶が曖昧だし

お前の話なんかどうでもいいって感じだろうけど

それは名も無きストーリー いつでも君が主人公という気持ちでただ前へ参ります。

 

 

4年前、2013年の夏。

私はめちゃくちゃ暇だった。

ちゃんと言うとジャニオタ的にめちゃくちゃ暇だった。

 

その当時私はKAT-TUN担だったのだけど、

亀ちゃん主演の映画「俺俺」の主題歌が発売された後それまでと比べてウンともスンともSAYとも言わなくなったKAT-TUN

多少の疑問は持ちつつも特に危機感とかはなく

元々ミーハーなので他のジャニーズグループに目を向けるいい機会かな〜なんて思っていた。

私は2006年にKAT-TUN担になり、2009年に少しジャニーズから離れて

2010年からまたKAT-TUN担に出戻ったので2013年はある意味KAT-TUN担として3年目。

言ってしまえば「3年目の浮気」というやつである。

 

 そうなると自然とその時よく活動しているグループに目がいく。

その頃にちょうどスマートフォンに移行してTwitterを始め摂取する情報量が増えたのもあって

発売を知ったNEWSの当時の最新アルバム「NEWS」をどういうきっかけかは忘れてしまったけど、

手にとって聴いてみると単純にいい曲が多くて

「うわ、このめっちゃアルバム好き~!!」って毎日のように聴いていた。

コンサート行ったら楽しそうだなとか、

エフェクトかかってる曲大体好き芸人*1だから

Dance in the Darkのラストのフェイクを聴いて

手越くんの声ってエフェクトかかるとこんな感じなんだ〜もっと聴いてみたいな〜とかぼんやり考えていたことを覚えている。

 

 

その時私は高校生で部活ではないんだけど、夏休みの終わりに開催される

あるイベントの為に主に演出を考えたり構成を担当するリーダー的な立場についていて

毎日そればっかりに取り組み、やることも山積みというか片付けてもまた新しくどんどん増えていくし

ジャニオタ的には暇だったけどいち学生としてはめちゃくちゃ忙しかった。

 

人をまとめるとか指導するとかリーダーに必要不可欠なエレメントがことごとく欠落している人間なので

慣れないことだらけでそえでもやりたい、やらなきゃいけないってプレッシャーで

ストレスも物凄かったし、それまでの人生で経験したことのないレベルの肌荒れに襲われてパニックになったりもしていた。

 

とにかく色んな意味で「自分らしくない」夏だった。

 

そんなイベントの為の作業に追われるなかで、久しぶりの何もない休日

忘れもしない2013年7月26日、私は目黒寄生虫館にいた。

 

姉と一緒に行ったんだけど、久しぶりの1日休みで目黒寄生虫館に行くという選択をする時点で私がどういう高校生だったかは察してほしい。

 

ずっと行ってみたかったところだったので結構楽しみにしていたのに、

目黒寄生虫館は割と規模が小さかった。

想像してたよりもそんなに見るところなくて私と姉は早々に暇になってしまった。

 

そんなにパッと次のプランが思いつくほど目黒と親しくなかったので

暇を持て余してTwitterを覗いた私は、今日NEWSのコンサート秩父宮であることを知る。

 

本当に本当に軽い気持ちで黄色い掲示板を開いた。

今日の公演、定価で譲りますの投稿をみつけた。

その場で文章を考えてメールを送った。

まさかの譲ってもらえることになった。

 

私「ねぇ、NEWSのコンサート行こう」

 

姉「は?やだよ」

 

秒で断られた。

そりゃそうだっていうか私が逆の立場でも絶対断る。

だって寄生虫見に来てるんだもん。

寄生虫からジャニーズて。ダーウィンもびっくりの進化である。

 

でもそんな渋る姉の手を引っ張るくらいの勢いで「曲が!曲がいいから!アルバムの曲が!わかんないけど多分それやるから!」で押し切って、何なら引きずってくくらいの勢いで秩父宮ラグビー場へ向かった。

(最終的に交通費とチケット代半分を私が出すからついてきて!ってついてきてもらった。)

 

会場について無事にチケットを譲って頂いて、時間もギリギリだったので誰のうちわを持つか悩む暇もなくそのまま入場した。

グッズがめちゃくちゃ可愛くて何時間も並ぶ状態だったのでどのみち買えなかったであろうこと、その日がツアー初日だったことも全部後から知った。

 

本当に着のみ着のままみたいな状態で丸腰で臨んだ初めてのNEWSコンサート。

メンバーカラーも知らなかったので席に着いてから調べて、白のワンピースでよかったね~みたいな会話をしたことは覚えている。

そう、NEWSのグループカラーが白なことも知らなかった。

 

 

ここで当時の4人に対する素直な印象を簡単に書いておくと

 

慶ちゃん→チャラかったけど最近落ち着いていつの間にかキャスター?アナウンサー?になってた。

MC的な立ち位置。私の中のお兄系という言葉と概念を作った人。コヤシゲのコヤ

 

まっすー→自分のことをプーさんだと思ってる人だと思ってたのに100エーカーの森が焼き討ちにあったのかいつの間にか髪が燃えるような赤になってる。

pumpkinがヤバイ。pumpkin大好き。とにかくpumpkin。テゴマスのマス

 

シゲちゃん→顔が物凄くかっこいいのになぜか物凄くいじられている人。6人の時は1番好きだった(顔が)ので、当時錦戸くん担当だった姉2に便乗して買ったRUSS.Kのネックレスはシゲちゃんのだった。コヤシゲのシゲ

 

手越くん→かわいくておとなしくて歌がうまくてとにかく山Pのことが大好きで茶髪のはずがいつの間にか髪が金になってた。桜なんとか。

星をめざしてで出演していたMステで山Pに肩組まれて本当に嬉しそうに笑い合ってたのが印象的で山P好きなんだ~かわいいな~って思ってた。NEWSの中だったらこのコンビが好きだった。なぜかハッピーフィートも見てた。

イッテQで祭りに行ったりヤバイ絵を描いたりしている。テゴマスのテゴ

 

姉2が当時「Never Ending Wonderful Story」 しか持ってなかったので

多分NEWS担になった今より見てるくらい本当に何回もみてて、Never 「Never Ending Wonderful Story」してたのでそのDVDにおけるイメージが1番強く植え付けられてたのと

姉2はどちらかといえば∞の亮ちゃんが好きというひとだったから、

ちゃんとNEWSを追いかけてたのは「weeeek」、ギリギリ「LIVE」くらいまでなので、

私の中のNEWSというグループに対する時計の針はシングルでいうと大体星めざ~weeeekくらいで止まっていた。

ただ姉2もアルバムだけはずっと買っていたので、好きな曲は多かったしいい曲が多いなぁとも思ってた。

「NEWS(アルバム)」を聞いてみようと思ったのもそれが根底にあったからかもしれない。

でもKAT-TUN担の私としては、You&Jだし…って常に視界には入ってるけどフォーカスを当てようとはしないグループだった。

 

 

だからいざ公演が始まると、いくつかの衝撃があった。

自分の中にはもう殆ど断片的な記憶しかないから後からレポを読んで補完したこともあるんだろうけど

 

まず何を置いてもRemedy

 

とーーーーーーーーにかくRemedyがやばかった。

先述した通り私の中のまっすーはほぼNever Ending Wonderful Storyのままで止まっていたので

pumpkinから飛んでいきなりRemedyを目にした衝撃は凄かった。

 

もう「えっ?」ってなった。

「えっ?まっすーって、えっ?こんな?」って。

 

はちみつ食べてる*2って言ってたじゃん…ハニーハントっていうかその身ひとつでオタク狩りにきてるじゃん…髪色どうした…っていうか衣装もどうした…重ね着水色パーカー*3からいきなり脇腹見せつけパーカーて…そこから見える筋肉…ATUMI…etcetc

 

もう言いたいことは山ほどあったけど「まっすー=pumpkin」から

「何この人超かっこいい」「歌だけじゃなくてダンスもうまい」とか色んな情報が

たった一曲のソロっていう短い間に一気に沢山更新されたショックが一番大きかった。

 

あとはMCでシゲちゃんがズボンを脱いでパンツを見せてくれた(?)ことと

クソアッシュクソアッシュ言われてて「やっぱりいじられキャラなんだな~」って思ったことと

慶ちゃんが最後のあいさつで「皆さんと僕たちは家族です」的な超いいことを言ってたことを覚えてる…詳しくは覚えてないけど…(ないのかよ)

あと実は野外ライブも人生初だったから、HIGHER GROUNDで抜ける空が美しかったこととか

 伊藤忠のライティングがきれいだったこと(笑)

 

そういう細かいどうでもいいことばっかり覚えてるのは今と変わらないけれど、

不思議なことに手越くんの印象が一番薄い。

単純に自分がいる場所に全然手越くんが来なかった*4っていうのもあるんだろうけど、

覚えてるのは席が横から見る席だったのでLovi'nUを歌う横顔を見ながらぼんやり「やっぱ歌うまいんだなぁ~ギター弾けるんだ~」って思ってたのと、

強いて言えばSUMMERTIMEでまっすーの膝に寝っ転がって膝枕してもらってるのにめちゃくちゃグッときたくらい。

 

コンサートが終わった後もずっとRemedyがやばい話をしてた気がする。

最新アルバムを聴いてたくらいで本当に何の準備もせずに行ったのにとても楽しかったこと、それがどんなに凄いことかっていうのも理解してなかったけど

本当に楽しかった。いい夏の思い出になったな~って思っていた。

 

この後は休みらしい休みはほとんどなくてイベントの為に目まぐるしい日々に逆戻りだったので

ここら辺の時系列がぐっちゃぐちゃなんだけど、ジャニオタとしては

この秩父宮初日を境に完全に「まっすーかっこいい!てごにゃん*5かわいい!」に印象が変わり、シンメ厨だから分かりやすくテゴマス尊い!になり

とりあえず猫中毒の初回Aを買いあまりの可愛さに号泣したり

「これはなんか多分残しといたほうがいい気がするな?」というオタクの本能でなぜか残しておいたMステ猫中毒やPerfumeの為に録画してたMUSIC JAPAN等を引っ張り出してひたすらテゴマスを見たり

ピカルの定理の祐子*6のあまりの可愛さに打ちのめされたりする日々を送っていた。

 

それと並行してTwitterでNEWS担の方をフォローしてツアーレポを読んだりして、

ただアルバム「NEWS」を聴いてた頃よりもずっとNEWSに詳しくなったし、自らなろうとしていたと思う。

 

あとここら辺の記憶で印象深いことが二つあって、一つはイッテQのこと。

イッテQは昔から好きな番組だったのでずっと見ていて
特にイッテQ男子チームが好きだったからそれをよくやるSP放送は欠かさず見ていたんだけど

秩父宮に行った後で宮川さんと行ったボルネオ島珍獣ハンターで手越くんが「虫だらけっすよ…犬がいぃ…」って言ったこと。

今と全く変わらないテンションで「手越くんってめっちゃくちゃかわいい~~~!」って初めて思った瞬間としてよく覚えてる。

それまでは番組ありきで出演者の一人としてしかみてなかったのに、ここから手越くんありきで番組を見るようになった。

 

 もうひとつはMUSIC DAYの渚のお姉サマーを歌った時のこと。

4人中3人髪色がやばくて*74人中4人衣装がやばくて

特に手越くんがパンツ全開なのに全く気にせずに笑顔で踊りきってた印象と

シブがき隊の「NAI・NAI16」コラボの「ほしけりゃ今すぐ縋りつけ~!」で

手越くんが二宮くんにどう考えても縋りつきすぎていた印象が強すぎて

この時バリバリKAT-TUN担で何なら5人で最後の地上波出演だったのに、NEWSのことばっかり覚えてる。

調べたら秩父宮初日より全然前だったので 多分ここが一番最初に「あれ?NEWSってこんなだったっけ…?なんかもっと優等生ないいこちゃんグループじゃなかったっけ…?」っていい意味で違和感を覚えた瞬間だった。

 

ここまでがざっくり7月まで。

 

8月になって関わってたイベントも大詰めに近づき、癒しがほしかったのか何かヒントがほしかったのか

なんとなく秩父宮に行った時のことを思い出すことが増えて「NEWSのコンサートがみたい」と思い、

何の前情報も見ずにただその時最新のコンサートDVDだったからっていう理由だけで「NEWS LIVE TOUR 2012 ~美しい恋にするよ~」をAmazonでポチッた。

 

 

最初から通して見ていって私が4人から一番感じたのは「ステージに立てる喜び」「ファンの前に立てる喜び」だった。

 

パフォーマンスできる場所があることが嬉しい!ファンの前に立っていることが嬉しい!

その爆発的なまでに4人の一つ一つの表情からパフォーマンスから全身から溢れ出す喜びは

全部その場所に立てることが当たり前じゃないことを知ってるからこそなんだっていうのは最後の4人の挨拶と特典のドキュメンタリーで知ることになる。

 

美恋だけで一記事書けてしまうので挨拶やドキュメンタリーの詳細は省略してしまうんだけど、

当たり前に見せているのに全然当たり前じゃないことを絶対に忘れないでひたむきにステージに立つ4人の姿に純粋に憧れた。

 

今自分がすべてを傾けているイベントでも「こんな風にステージに立ちたい」と思った。

「今、この瞬間にこのメンバーとステージに立つ喜び」を胸に私もパフォーマンスしようと思った。

 

それから迎えた夏の終わりの本番で、当日もハプニングやら色々あったけど(学生なのでらしいといえばらしいけど)

何とかイベントは成功させることができた。

そして何とまさかの優勝することもできた。

 

名前を呼ばれてリーダーのうちの1人として壇上に上がってみた光景を忘れることはないと思う。

今でも、誰も想定していなかった優勝をメンバーに報告するまでのエレベーター内の熱気と興奮を思い出せる。

間違いなくそれまでの人生で最高の瞬間だった。

 

もうその頃には私の中でNEWSはただの気になる存在ではなくなっていた。

だってそのイベントのパフォーマンス中も心の中にあったのは「美しい恋にするよ」の4人の姿だったし、

自分史上最高に「自分らしくない夏」を一緒に駆け抜けてくれたのはNEWSだったから。

 

それでもKAT-TUN担を降りるっていう選択はまだできなかったし

その選択肢が自分の中に生まれたことさえ認めたくなかった。

 

KAT-TUNは私にとって、ここまでも度々登場した姉達や誰かの影響ではなく

初めて自分の手で見つけ出した「特別」で信じたエンターテイメントで、

心の中に大切なものをしまう宝箱を作ってくれた存在だったから。

どうしても手放したくなかった。失うのは怖かった。

 

そんな気持ちを抱えている中でその翌月、9月7日に東京ドームでNEWSが10周年記念コンサートを1日限定で開催することを知る。

 

行きたいと思った。

行ってどうなるかは分からないけどただもう一度NEWSのコンサートを見たい。

 

でも何も知らない私でも「10周年」「1日」というだけでも、NEWSとNEWS担にとってどんなに意味のある公演なのかは察することができたし

私なんかよりももっと行くべき人がいる、行きたくても行けない人がいる、なのに・・・って物凄く葛藤したけれど

「行かなければいけないんじゃないか?」って気持ちと「行かなかったら後悔するだろう」って予感から逃げられなくて

やっぱりどうしても行きたくて姉にも協力してもらってまたしても当日受け渡しでチケットを譲ってもらった。

 

頭より心で考えるタイプの私にはどうしたってギリギリで生きる宿命があるようだ。

 

 

このあたりではもう完全に「まっすーめちゃめちゃくちゃかっこいい!てごにゃんかわいい!ニモに似てる!ニモにゃんって呼ぼう〜!」ってなってた*8ので

よく「もしも、もしも降りるならテゴマスのどっちかだろうな」って考えていて

ドーム当日も団扇を持つならこの2人のどっちにしようか迷っていて、グッズ列でも散々迷って、姉がその時「NEWSの中ならまっすーかな」って言ったので自動的に手越くんの団扇を持つことになった。

 

会場に入ってからも2ヵ月前の秩父宮のときとは違って

これからどうなるか分からない不安と、

100%ではないにしろNEWSが好きだと確信している人たちだけの空間に紛れ込んでいるような異物感と、

心臓雑巾絞りされてるみたいな緊張でいっぱいだった。

 

開演前に何を話してたかは分からないけど確か天井だったので、どんどん埋まっていくアリーナを見ながら「東京ドームってこんなに広かったっけ?」「こんなに人はいる?」って話していた気がする。

 

もう映像化されたものを何度も見てしまっているので当時の心境をそのまま再現するのは難しいんだけど、

それを抜きにしてコンサートだけでいうと

セットリストも衣装も演出も全部好きだし、ソロ曲も全員好きだしツボにドンピシャだし一言で言えば「好みのタイプのコンサート」だった。

 

 

今までどちらかといえば「魅せるからそこで見てろ」っていうスタイルに慣れていたので、

4+FANで「N!」とか大声で叫んだり渚のお姉サマー踊ってる自分にびっくりしながらも、

「あ~やっぱりめちゃくちゃ楽しいな、このコンサートが好きだな」って感じていた。

Dance in the Darkのフェイクも2か月前よりも進化してることに驚いたし、そこで初めて曲冒頭のチキチキアーを手越くんが言ってることも知った。*9

 

その裏でやっぱりどこか居心地の悪さも感じていて

メンバーに「NEWSのこと愛してるんだよね!?」って言われて「イエーーィ!」って返しながらも

心から返せてるわけじゃないことやスタッフさんとNEWS担の愛のこもったサプライズにもどこか「私が参加してていいのかな」って罪悪感があったりしていた。

 

でも本当に楽しくてやる曲やる曲衣装も演出も全部好きだし

これ以上書くとどれだけ10thが好きかで10thが最高かって話になるからやめるけど笑

こんなに全部好きなことある?ってくらい好きだった。

 

そしてコンサート終盤、挨拶のトップバッターは手越くんだった。

汗めっちゃかいてるのに超キラキラしてて「顔に小粒のダイアモンド貼り付けてるみたい」「もちろんってめっちゃ言うな・・・」「こんなに正直に話すんだ」「三度の飯より祐也って何…」とか思ってたのを覚えてる。

 

一番印象的だったのが

手越祐也として生まれてきて俺は、こんなみんなに出会えてめちゃくちゃ幸せだし

こんなに幸せ幸せって何回も(口に)出したくなるくらい俺はみんなにさせてもらってる」って言っていたこと。

 

25歳までに人格は形成されるっていう25歳理論を信じていたので、ちょうど25歳を迎えていた手越くんが

手越祐也として生まれてきて」いくらでも選択肢があるのにアイドルになって

25歳までの10年間、きっとこの挨拶だけでは語りきれないくらいの苦労をしても

それでもこんなに幸せって言われるなんてファン冥利に尽きるだろうなって、

そんな風に思われるってどんな気持ちなんだろうって思っていた。

 

 

その後の3人の挨拶を聞いてもアンコールを終えても、

この時ですらまだNEWS担、手越担になるかは分からなかった。

NEWSが語るこれまでとこれからの当事者ではなかったし、

形だけ成りきることもできずにただひたすらその瞬間瞬間を受け止めるのに必死だった。

 

そしてダブルアンコール、ついにその時が来る。

まだまだ足りない、もっと一緒にいたいって言うみたいに「NEWS」コールをするNEWS担の声に応えてツアーTで登場した4人。

 

シゲちゃん、まっすーって挨拶していって右から三番目の手越くんの番になったとき

ファンからの歓声に

 

「なぁんだよぉ〜!」

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「そんなに好き?」

 

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好きーーーーーーー!!!!/

 


「……幸せだね、俺らって」

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って手越くんが言って涙ぐんだまさにその瞬間、

「あ、この人を担当にしよう」ってストンって何か降りてきたみたいに思った。

 

その後の記憶があんまりないんだけど、4人がハケてファンも帰っていくなか

席から立てないまま「私、手越担になる・・・」って同行者の姉に宣言したことははっきり覚えている。

 

ここまで読んでても「え?何で?」って思うだろうし、自分でも全くそんなつもりなかったから

その時も姉に「え?何で?」って言われて「いや分かんない・・・分かんないけど手越くんを担当にする・・・」みたいなことを言った。

 

この時点で分かっていたのは、「絶対にリア恋になることはないだろうな」ってことと「きっとこの人がさいごの担当になるだろう」ってことくらい。

何で担当にしたのかも分かってないのに、それだけははっきり分かっていた。

 

 

 

さて、ここまでがタイトルの「私、手越担になる」を言うまでの話。

 

 

ここからが「私が手越担になった」

正確に言えば「自分のことを手越担だと思えるようになるまで」の話。

つまり「4年かけて手越くんに担降りした話」なんだけど、

ヴァンパイアでもないくせに少し、いやかなり長くなると思いますが

めちゃくちゃ暇だよって方はどうぞお付き合いください。

 

 

 

 

iwhyh.hatenablog.com

 

去年の夏、こんな純度100%ポエムブログを書いた。

 

ここで

 

つまりその時はまだ私は「俺等」の「等」には入ってなかった訳で。
 
まだファンではない外野としてその言葉を聴いて
「そんな風に言ってもらえる関係って一体…?」って少し羨ましい気持ちと
今までNEWSとNEWS担が歩んできた年月に対する羨望があったんだと思います。
 

 

って書いているように、ずっとこの時感じた羨望を引きずっていて

どこかでNEWSや手越くん、NEWS担に対して「憧れていたい」「私は当事者じゃない」って意識を持っていたかった。

それがずっと「NEWS担として」「手越担として」が」前提の自分から発信するオタ垢を3年間作らないでいた理由でもあるんだけど、それともう一つ。

 

私は自分のことを、「心の中にある大切なものをしまう宝箱」に自分で見つけた「好き」をどんどんしまいこんでは一人で楽しむタイプだと思っていたから、

それを人目に晒される場所に取り出すのも怖かったし、誰かの「好き」を受け入れるのも怖かった。

 

だからオタ垢を作った最初のうちはそれまでの2年間で溜め込んできた「NEWSの、手越くんのここが好き」ってところを取り出して並べるような呟きをしてたんだけど

そしたらそれに「私も好きです」って反応してもらえたり、

それによって自分だけでは見つけることのできなかった新しい「好き」が見つかったり

自分の「好き」が誰かの「好き」を生み出したりして

どんどんどんどん私の宝箱はスペースを増やし、広がり、大きくなっていった。

 

自分には出来ないと思ってたけど「好き」の共有ができる人だったんだって気づいた。

 

そして日々NEWSの活動に対してリアルタイムで反応していくなかで

「いや私全然当事者じゃん」って、「今までもそうだったしこれからもそうしていたいんだ」ってことにやっと、3年かけてやっと気づいた。

上記のブログを書いたのもそう思えるようになったからだと思う。

 

それから散々「なんで手越くんなの?」って聞かれたし

自分でも半信半疑でやってきたところがありました、今まで。
 
でも、あれから3年経って、色々あって、あの表情を見て、
今なら「俺等」の「等」のなかに私も入れてるんじゃないかなって
やっと思えるようになりました。
 
自分が手越担であるってことも、もう半信半疑ではなく確信に変わってきました。

 

 

それでも、こんなポエムを綴っても「変わってきた」だけで

いくらTwitterで呟こうがブログを書こうがaskに答えようが、自分の心の奥底では確信は持てなかった。

 

 

 そして今年、2017年のツアー「NEVERLAND」

ツアーが決まってからずっとこのツアーは私にとって特別なものになるって予感がしていた。

大好きなNEWSのツアーで、アルバムもそれに基づいたコンセプトも何もかも好きでっていうのを抜きにしても、絶対に特別なものになるだろうって。

そのよく分からないけど「行かなければいけない」っていう気持ちは4年前、

東京ドームに行くまでの気持ちとよく似ていた。

 

ツアー個人的初日だった仙台1日目、4月15日。

 

最初の挨拶で手越くんが

 

「みんなーーー!俺のこと好きーーー!?」

 

って言った瞬間、間髪入れず何の余計な思考を挟む隙もなく

「好きーーーーーー!」って叫んだ自分がいて

ああもう何の躊躇いもなく「好き」って叫べるんだなって、

また4年前のダブルアンコールのことを思い返してる自分がいて

 

その日の最後の挨拶でも

 

「俺、みんなのこと大好きとか愛してるとか色々いうけどそれ以上の言葉で表現したいんだけど…もう

心の底から愛してる!!!!」

 

って言ってくれて、その時思い出してたのも東京ドーム本編ラストの挨拶

 

「…なんすかね… 言葉にできる感情じゃないんですよ、俺からみんなへの感情って。
彼女とかハニーとか言うけど、それ以上なの。
 
なんすかねぇ………俺もう好きだぁー、みんなのこと。」

 

のことで、ああ4年たって「好き」から「愛してる」になったんだなとか思っていて

4+FANがセトリに入ってたのもそうだけど、 勝手に

2013年9月7日からの全てを「手越担の私」としてやり直しているような感覚がずっとあって

「今年こそ担降りブログを書けるかもしれない」って思い始めたのもこのころで

きっとそれがツアーが始まるまでにしていた「このツアーは自分にとって絶対に特別なものになる」って予感の正体だったんだろうけど

このやり直している感覚と「今年こそ書けるかもしれない」っていう気持ちは、NEWSがツアーを回るごとに連動してどんどん強くなって「書かなければいけない」に変わっていった。

 

本当に沢山の方々のおかげでNEWS担になってから今までで一番多くツアーに参加することができて

退勤して荷物取りに帰ってそのまま深夜バスに飛び乗ってまた深夜バスで帰ってきて家に荷物置いてそのまま出勤っていう

精神的にも肉体的にも無理矢理なスケジュールでも地方公演に参加したりして

それもそれまでの人生で一番ってくらい謎の行動力を発揮した4年前の秩父宮初日に重なったりしていた。

何もかも2013年のあの夏のようにとにかく「今までの自分じゃ考えられない」「自分らしくない」ってことばかりだった。

 

和歌山公演の前に

 

iwhyh.hatenablog.com

 

 これを書いた。

この冒頭でも書いているように和歌山公演~東京ドーム公演の間はずっと2年前

2015年をやり直しているような感覚だった。

 

2年前の東京ドーム6月11日、ダブルアンコールの挨拶で

お父さんを亡くしたことを初めて自分の口から打ち明けてくれて

「もうちょっと頑張れば大好きな、心から愛せる、心から自分を晒け出せるファンのみんなに

 会えるんだなってことを糧にそんな時期を過ごしていました」

この言葉を聴いた瞬間に2014年、自分の人生から大切な人を2人失って、

どん底までいったのにそれでも生きてたのは翌年春からWhiteツアーが始まるからで

それを糧にして何とか這い上がってこの日を迎えてよかったと思った。

 

それと同時に、これからこの人のことを何があっても信じようと決めたことをこのブログを書いたことで思い出した。

 

 

そして今にもまして外見的にもコンプレックスだらけだった私が

手越くんに会う前*10は、どんなに小さいことでもいいから何か成長して進化した自分で会うって決めたのもこの頃だったから

2017年始にツアーが発表されたことで決意してダイエット宣言ブログ書いて

それに声かけてもらってツアー中に挑戦していたオーラスまでにしていたマイナス10キロ達成する連載企画をさせてもらえたのも

自分を好きになれないと好きな人を好きでいるのが辛くて何とか自分を変えようとしていた2年前の自分のおかげだったんだって気づいたし

今までの進化のなかでも桁違いに覚悟と時間が必要だった挑戦を通して

「自分を好きになれるともっと自担を好きになる」っていう大きな発見もできた。

 

 

今まで無意識のうちにやってきたことの全てが繋がっていって、

やっと2年前と3年前の自分を肯定することができた。

 

 そんな体験をしてるなか、話が前後してしまうけれど名古屋の5月13日の公演、最後の挨拶で

 

「俺達NEWSは家で休んでる時よりも友達と遊んでる時よりも何よりも、皆と一緒に楽しんでる時に元気や勇気をもらっています。最高の彼女でいてくれてありがとう!」

 

って手越くんが言ったというレポを読んで、

「何でそんなこと言うの」って思ってめちゃくちゃしんどくなった。

手越くんを好きでいてしんどくなることはそうそうない*11ので、何でしんどいのかも分からないまま

ツアー後半はずっとそのしんどさを抱えていた。

 

そのしんどさは東京ドーム公演6月10日の手越くんの挨拶

  

「俺からみんなをとったら何も残らないから、こんな俺のそばにいてくれて心から感謝しています!」

 

を聞いて爆発した。

これを聞いて席に泣き崩れたんだけど、その瞬間にどうしてこんなにしんどかったのか解ってしまった。

 

「何でそんなこと言うの」って思ったのは

私が「家で休んでる時よりも友達と遊んでる時よりも何よりも、NEWSと一緒に楽しんでる時に元気や勇気をもらっているから」で
「私から手越くんをとったら何も残らないから」で

心から感謝してるのも、もう全部「それはこっちの台詞だよ」って言いたかったから。

 

家で休んでる時よりも友達と遊んでる時よりも家族といる時よりも働いてる時も何よりもどんな時よりも

コンサートに行く時が一番生きてるって思える、

コンサートが終わってからも生きていける元気や勇気を貰ってるって

ファンとしてこれまでずっとそうやって生きてきたのに

それをアイドルの方から言われたらどうしたらいいのか全く分からなかった。

 

手越祐也という人がアイドルとしてだけじゃなくて人間としてどれだけ素晴らしいかなんて知ってる。

「何も残らない」なんて絶対そんなことないのに、

そんな人から例え一瞬でもこんな風に思ってもらえるなんて想像もしてなかったけど、

私でも誰かを幸せにすることができるのかもしれない、それが他でもなく手越くんならこんなに幸せなことはないって思った。

 

そしてまた思い出した。

 「手越祐也として生まれてきて俺は、こんなみんなに出会えてめちゃくちゃ幸せだし
こんなに幸せ幸せって何回も(口に)出したくなるくらい俺はみんなにさせてもらってる」

って4年前同じ場所でこの言葉を聞いていたこと。

 

私はこの「みんな」に、手越くんを幸せにできる存在になれたんだって思えた。

 

「私、手越担になる」と口にしたその時から「何で手越くんなの?」って何回も言われたし
自分でも何度も何度も「何で手越くんなんだろう?」って自問自答し続けた4年間だった。

 

何度も何度も問い続けて見つけた答えはきっと、

”誰よりも手越祐也が私を世界一幸せにしてくれるアイドルで、誰よりも私が世界一幸せにしたい人だから”

 

一方的に元気や勇気を貰うだけじゃなくて、幸せにしてもらうだけじゃなくて

幸せでいてほしいと願うだけじゃなくて、この手でこの声でファンとして存在することでを幸せにしたい。与えられるだけじゃなくて与えたい。

夢を叶えてもらうだけじゃなくて、一緒に夢をみたいし叶えたい。

 

4年前自分が誰かを幸せにするなんて考えもせず、その可能性すら見いだせなかった私が

自分はそれができる存在なんだって自分で自分のことを認められてやっと「手越担になった」

 

 

 

先述のブログに

 
「そんなに好き?」って言われたら
 
「世界中があなたを嫌っても好きだよ」って言えるし
 
「幸せだね、俺らって」って言われたら
 
「幸せだね、私達って」って胸を張って言える。
 
 

 

と書いたけど、これを書いた時はまだ確信ではなかった。

 

 

ここまで長かったけれど、ずっとずっとあの日もらった最高の問いに対する最高の返事をずっと探していた。

 

でもきっと違う。

 

もうただ聞かれてそれに返事をするだけじゃなくて、

手越担になったと確信した今なら私の方から聞けるだろう。 

 

 

「なんだよ〜、そんなに好き?」って。

 

それに返ってくる言葉も分かるから、そしたら迷うことなく

 
 
「幸せだね、私達って。」って返せる。

 

これが出来るようになることが私にとっての「手越担になる」ってことだったんだと思う。

 

 

 

昔からお伽話、特にハッピーエンドで終わる物語が好きな子どもだった。

そんな私が現実の世界でNever Ending Wonderful Storyを紡ぎ

NEVERLANDに招待してくれるNEWSを好きになるのは必然だったのかもしれない。

 

2013年、7月26日 

偶然だとばかり思ってたけど、この日既にNEWSと私の物語は動き出していたんだなぁ。

 

そして9月7日

主人公になる自信がなかっただけで、この日からNEWSと、手越くんと私の物語は始まっていた。

 

 

それでもこれからも何度も何度も私は自分自身にも手越くんにも問い続けるし、返し続けるだろう。

 

永遠にも似た終わらないコールアンドレスポンスを繰り返して、

私達は私とあなたにしか創り出せない最高のハッピーエンドを見つけるのだ。

 

 

 

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あとがきにかえて。

 

拝啓、2013年9月7日の私へ

 

迷って悩んで、その席についてくれてありがとう。

きっと今めちゃくちゃ緊張してると思うけど、4年後もそこは変わってないし

コンサート前に吐きそうなくらい緊張するのも終わった後にボーっとして何かしら落としたりするのも相変わらずです。

終演後に今持ってるサプライズの為のサイリウムをどこか落としてめちゃくちゃ凹むけど

残念ながら今年のツアーでも仙台初日にトイレに忘れ物して死ぬほど落ち込むから。

全く成長してなくて申し訳ないけど、少しは成長した4年後の私だから言えることもあるから言うね。

 

今あなたは「私なんかよりもっとここにいるべき人がいる」って居心地の悪さや申し訳なさ、後ろめたさなんかを感じていると思うけど

これから始まるオープニングの映像をよく見てほしい。

 

「WE HAVE BEEN WAITING FOR YOU 」

”ずっとあなたを待っていた”

 

「We are what you have been looking for」
”我々こそが貴方が探すもの”

 

ってNEWSが言ってくれてるから。

 

NEWSはずっとあなたを待っていてくれてたんだよ。

「幸せになりたい」って思ってたあなたを。

 

だからなんにも後ろめたく思う必要はないし、

探してたものは目の前にあるから怖がらないで受け取ればいいんだよ、って

本当は今その瞬間のあなたが気づくべきなのかもしれないけど

成長はしてないけど、時間はかかったけど、

こうやって気づくことができる自分になれたよってあなたに言えることが嬉しい。

 

あと、あなたは今自分が何者か分からなくて

「どうして私は私として生まれてきたんだろう」って

思い悩んでるけど正直に言うとそれは今も変わらない。

「私は私」って開き直った反面で揺らぐこともあるし

数えきれないくらい失敗もするし、恥もかくし、後悔もするし、それまで以上に沢山傷つく。

 

それでも「他の誰でもなく私は私として生まれてきてよかった」と思える夜もあるし

「他の誰でもなく私として、私のままで出会えてよかった」と思える人もできる。

生きるのは下手くそだけど生きててよかったと思う瞬間を見つけるのは上手になるよ。

 

今日、東京ドームに行ってくれてありがとう。
「手越担になる」って決めてくれてありがとう。

 

誰よりも私の全てを知っているあなただけには嘘がつけないから白状するけど

この時「さいごの担当になるだろう」って思ってたのは、成人する気がなかったからだよね。

さいごっていうのはそのまま最期になるはずだった。

未成年だったあなたは誰にも何も言わず密かにそんな誓いを立てていた。

結局その誓いは果たせなくてずるずる成人しちゃって

これからどうやって生きようかなって今更めちゃくちゃ迷ったりしてる生まれたての小鹿状態だけど、それでも震える足で何とか立っていて

4年後今あなたがいるまさに同じ東京ドームの天井から

「何ひとつ終わってない」って自分に言い聞かせるように口ずさむ手越くんをみて

今度は真逆の意味で「最後の担当になる」って思うよ。

いつからだって何かを始められるし遅すぎることはないから、一歩ずつ歩き出してる。

 

 

この日からずっと誰かを愛することをどこかで諦めないでくれてありがとう。

だってそれは生きようとすることと同じだって今ならわかるから。
 

幸せになろうとしてくれてありがとう。

 

誰かを幸せにするにはまず自分が幸せにならないといけないって言葉もその意味も知らなかったのに、4年前のあなたのおかげで4年後の私は今とても幸せだよ。

 

あなたに恩返しするためにも、私は幸せにならなきゃいけないし

今度であなたが見つけてくれたNEWSを絶対に幸せにするってここで誓うから。

 

あなたがそこにいてくれたから、今、私はひとりじゃない。

そして今日までのあなたがいてくれるからこれからも私はひとりじゃない。

それは苦しいことでもあるけど、でも多分それが生きるってことなんだって何となくわかってきたから、

一緒に生きていこう。

 

ありがとう。

今なら心から言える。

生きててくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:既にPerfumeオタクとしても3年目だった

*2:ネバエンのドキュメンタリーより

*3:pumpkinの衣装

*4:当時から自担運がない

*5:当時の呼び方、なぜか当時の方がてごにゃんって呼べてた

*6:私の中のオタクの本能寺の住職はすぐサボるのでリアタイも録画も逃したけどTwitterで騒がれていたので何かしらの何かでみた

*7:金/青紫/クソアッシュ

*8:既に思考回路がショート寸前だったことが伺えるが今はショートしきっている

*9:ちなみに私がKAT-TUN担になったのはSIGNALからなので私にはどうやらチキチキアーに惹かれる習性があるらしい

*10:ツアーが決まって私的初日を迎えるまで

*11:あるとしても好きすぎてしんどいとかかわいすぎてしんどいとかそういう前向きなしんどさ