希望と媚薬

『愛の反対は憎しみではなく無関心です/マザー・テレサ』 『批判書いてる間は俺の事を考えてる。だから俺の事好きなんだなって変換してます/手越祐也』

ぼくの流れ星はきみだった

私は大抵のアイドルソングをアイドルとファンの曲として捉えている。

例外もあるが明確な線引きは曖昧なので、
ここでは例に漏れずアイドルとファンの関係性になぞらえて解釈した、
NEWSの最新アルバム「EPCOTIA」に収録されている
「TWINKLE STAR」という曲について書きます。



この曲を一言で言うなら「もういなくなったアイドルを想う曲」だ。

アイドルとファンという括りでは、以前にも
シリウス」について書いた*1けれど、
シリウス」が大きい会場…いわゆるドームクラスの会場で、
天井からペンライトの星空の一部となり、
豆粒のような相手を想うような曲だとすれば、
「TWINKLE STAR」は実際に触れ合えるような距離で、
握手して目を合わせられるクラスのアイドルを想う曲なのではないかと感じる。何となく。

それというのも、この曲は初っ端から

「綺麗な眼をしてたね」

というフレーズで始まる。

星空のような、というのはよく使われるような表現だけれど、
「千年に一度」と称えるのは大層なことだ。

「○年に一度の〜」という売り出し文句をつけられるアイドルは少なくない。

それと同時に千年後にアイドルをやっていられる人は存在しないわけだけど。

その後に続く「もうどこにもいないと知って」

"君"がいなくなったことを知っているのに、
「宛名のない手紙」を書くのは、
その手紙を書いている間だけはまだここに"君"がいるように感じられるから。

恐らく、手紙を書くこと自体は初めてではなく、
届いてるという確証もあったのだろう。

それくらいの距離感で応援していた相手だと思う。

だけど、もう「アイドル」ではない"君"は、
自分が知っているその名前で呼べるのかわからなくて、
宛名を書くことはできないのかもしれない。


サビは後述するので飛ばして、Bメロ。

「何を見てたんだろう」
このフレーズはアイドルを応援しているものとして、
刺さりすぎて痛い。

"君"のことを見られるのは、ファンである以上、
ステージ上または画面越しでしかない。

いくらフィルターをかけていないつもりでも、
衣装を着ている姿やテレビや雑誌を通してしか、
"君"を見ることはできない。
だから、自分が何を見ていたのか正解をもらうこともできない。

ならば続く「もうここにはいないと知って」の
「ここ」はどこを指すのだろう。

歌詞では「地上」と書いて「ここ」と読ませているが、
人として皆が平等に足をつけて生きるのが「地上」だとしたら、
アイドルはどこを生きているのか。

"君"がアイドルでなくなってしまったから、
「もういない」というのであれば、
「ここ」=「表舞台」であるとするのが一番わかりやすいと思う。

もしくは、アイドルでなくなってしまったということを別角度で捉えるなら、
アイドルではなく次のステージ、役者なりモデルなりに進んだという意味になり、
その場合は表舞台ではなく「歌って踊るステージ」に限定される。

そしてもう一つの「ここ」は「頭の中」だ。
記憶と言ってもいいかもしれない。

少し前後するが「何を見てたんだろう」の後には、
「霞む面影追いかけていた」と続く。

Aメロでは「忘れようとするたび」と言っていた相手は、
既に霞み始めてしまった。

忘れたくても忘れられない、だけど忘れる。

そう、どれほど忘れたくないと思っても、
忘れたくても忘れられなくてもいつかは忘れてしまうのだ。

このまま時が止まってしまえばいいと思うほど、
目を閉じて思い出す、共に過ごした夢のように
キラキラした時間さえ。

悲しいことに、人間の頭はそういう風にできている。

「ここ」という自分の頭の中から、
"君"は溢れて消えていきそうになっていく。

けれど追いかけるその面影でさえ、自分の頭の中で作り上げた"君"でしかないのかもしれない。

だとしたら、一体僕は何を見ていたのだろう。

そう問いかけたくても、例えば手紙に書いて見たとしても、
海に放った小瓶のように、"君"からの返事はない。


そもそも"君"はなぜいなくなってしまったのか。

アイドルがアイドルでなくなる瞬間。

様々な理由はあれど、男性アイドルと女性アイドルには、アイドルでなくなることに対して明確な違いがある。

まず女性アイドルには卒業という制度がある場合が多い。

年齢や次のステップへ進むことから卒業という言葉が用いられるが、
ファンは好きになったと同時に、常にいつかくる「その時」をどこかで意識している。

対して、男性アイドルにはグループコンセプトにもよるが、
基本的に卒業は存在していない。

結婚をしたければ必然的にアイドルをやめることになる女性アイドルとは違い、
人気の低下やファン離れというリスクはあれど、
結婚の為にアイドルを辞める選択をする男性アイドルはいないと言っていいだろう。

つまり、「いなくなる」基準がないだけに、
それはいつきてもおかしくないし、いつくるか予想もできないということだ。

それはいつも突然に、予告もなしに訪れる。

ファンだからわかってしまうこともあるけれど、
止めようもないしそもそも止められるものではなくて。

"君"がいなくなってしまった後のことは自分でどうにかするしかない。

そこで、サビの話になります。

サビで言ってることは曲を通して一度も変わっていなくて、
つまり最終的に言いたいことはサビの内容とも言える。

ここでいう「叶わない未来」は=「もう一度だけ君と見つめ合えたら」であるものの、
もう自分の願いをかけられる星(スター)ではなく、
混沌とした宇宙の塵のように特定できない存在となってしまった"君"は、
元々届かなかったはずなのに、本当の意味で銀河の果てまで遠い存在になってしまう。

心象とは、心の中に描き出される姿・形。
心に浮かぶ像のこと。

ゆらりゆらりと舞う」は先述した「何を見てたんだろう」にも繋がるかもしれない。

自分の心の中で描いていた"君"を何度再生しても、
それは心の中の像でしかない。

その「舞う」は「迷う」でもあると思う。

サビの前に「So never give up」とある。



この場合の「never give up」は、
試験や大会の際に選手に声をかけるような
その瞬間に対してのものではなく、
「(これまでも、これからも)絶対に〜ない」
という意味合いが強いように感じる。

叶わない未来「さえ」描く、とあるように、
どこかで"君"との未来を諦めることができない。

"君"がいたこれまでも、"君"がいないこれからも。

けれど、ラスサビ前にその「never」は崩れ去ってしまう。

「もう世界は 色のない夢だけ描く」
「君と二人じゃなきゃ 叶わない」

やはり"君"がいなければ、"君"でなくては、
夢は叶うことはない。

君が願いを"かける"存在なのではなく、
"君"こそが願いそのものだと気付いてしまったからだ。

だからだろうか、ラストのサビでは
「never give up」と言っていないのだ。


「諦めない」ことを諦めたともいえるし、
やっと「ここ」から"君"がいなくなったことを受けいれられたともいえる。

けれど、もう少し前向きに捉えてみるとすると、
「never give up」が不屈の精神や人生を通しての指針を表すなら、
アイドルだった"君"から「決して諦めない」という生き方、
そう、「明日を生きるための希望」をもらったといえるのではないだろうか。

だからこそ、あえてもう言う必要はないのかもしれない。


永い人生の中でアイドル生命は流れ星のよう、
残酷なまでに儚く一瞬で消えてしまう。

しかし、確かに"君"が残してくれた希望は、
ずっとずっと僕の中で輝き続けるのだ。

真新しい君へ

何て書き出したらいいかわからない時は、
とりあえず書いてみるといいって誰かが言ってたような
言ってないような気がするのでとりあえず書いています。



あくまで私の考えや想像でしかないけれど、
番組側が降板を決めるのであれば、きっと、
あの報道が出てすぐに決められただろうし、
ここまで待つ必要はなかったと思う。

私も、もしもキャスターを続けるのであれば、
最終的に決めるのは番組側ではなくて、
視聴者または本人の意思なんじゃないかと思っていて、
その点で言えば、戻ってくることを疑っていなかった。

それだけキャスターというものが、慶ちゃんにとって、
小山慶一郎というアイドルにとって大きい容量を占めていると思っていたから。

けれど、多分、自分にとって本当に大きくて、
大切な居場所だから離れることを決めたんだね。

その決断について正しいとか間違いとかは言えないけれど、
きっとそうなんじゃないかなと思う。


この8年間、やってきたことや積み重ねてきたことが、
今日から全て消えてしまうわけではない。
同時に起きてしまったことも変えられるわけではなくて、
大好きな場所から離れても、変わったという姿を見せることを選んだんじゃないかな。

本人の言葉を聞けるまで、これは全部私が自分を納得させるための想像でしかないけれど。

キャスターを始めるきっかけは、NEWSだったと、
NEWSの小山慶一郎として何か武器を見つけたい、
その気持ちで2009年の24時間テレビをきっかけに
報道という世界に飛び込んだ慶ちゃん。

周りより何歩も遅れたスタートで、
アイドルがキャスターをやるというフィルターがかかった状態で、
キャスターとしての姿が浸透して、帯を持つに至るまで、
どれだけの努力をしたのか、あんまり自分からは
話さないから全部を知ることはできないけれど、
何かを頑張れるのは、頑張りたい理由があるからだと思っていて、
慶ちゃんにとってそれはNEWSでありアイドル小山慶一郎だったんじゃないかな。

根本にあったのはNEWSのためにという
気持ちだって、いつも感じていたよ。

冠番組がないNEWSは、毎日のようにテレビでメンバーを見るっていうことはまずなくて、
だけどどんな時でも月曜から木曜、そして月に一度は金曜も、
慶ちゃんがいるってことにとてもとても救われてた。
休憩時間を合わせて、一目だけでもみて、
頑張ろうって仕事に戻ったこと何度もある。

顔を見るだけで声を聞くだけで物凄く安心した。

私は、番組の「みんなが生きやすく」っていうテーマが大好きで、
決して完璧ではないけれど、弱さを見せられる強さを持っていて、
完璧ではないことを認めて努力を欠かさなくて、
いつも自分にできることを探していて、
人の幸せを優先させる人、慶ちゃんが、
そんな番組の真ん中にいることにも凄く救われてた。

小山慶一郎というアイドルがリーダーを努める
NEWSを知って生きやすくなったから。


慶ちゃんはきっと良い意味でも悪い意味でも、
忘れない人だと思ってる。

これまでのこと、きっと忘れないと思う。

だから私も覚えてる。
仙台のフルスイングで感極まって歌えなくなってしまったことも、
愛を声を届けましょうって天を仰いでいた姿も、
家族みたいな2人と笑い合う時の息子みたいな笑顔も、
木原さんそらジローって呼びかける声も、
色んな場所にその足で出かけて自分の目で耳で心で感じて、
あの手この手で伝えようとしてくれたこと、
時に素直すぎるコメント、スーツ姿、滑舌、新聞を読む姿、外郎売り、
メンバーが来た時の少し困ってるけど嬉しさが隠しきれない様子も、
キャスターとキャスターとして自担と並んでくれたことも、
この、今この瞬間の想いも、言葉にできないことを、
書ききれないけど、全部覚えてる。忘れないね。


平日キャスター、8年間お疲れ様でした。

いつか愛と呼べたら


なんか手越くんのことめっちゃ好き〜〜!!!!絶!好!調!!真冬の恋〜〜!!!!

ってテンションだからそのテンションのまま書きます。

このブログ読んでくれてるような方だったら、
ハイハイ、出た出たって感じだと思うんですけど。

もう「明日も来てくれるかな?」っていったら
「いいとも!」って言うんでしょってくらいのお決まり感。

そうだとは思うんですけど、好きなアイドルのことを、
いつでも好き好き大好き超愛してる!って思えることなんて、
実は全然当たり前じゃなくて。

それはあちらサイドのコンディションもあるし、
こちらサイドのコンディション由来なこともどっちもあるんですけど、
好きになったこと自体はこっちの勝手なわけで、
好きじゃなくなることもこっちの勝手にできるんですよね。

でも、今日も今日とてめっちゃ好き。

手越祐也くんマジで最高の自担。

って言えちゃうのがシンプルに幸せだなと思ったってことに尽きちゃう。

尽きちゃうんですけど、もうちょっと言いたいから言います。

手越くんのどこが好きとかいうのはもっとちゃんと言いたいのでここでは控えますが、
アイドルを好きでいることって本来は究極の独りよがりだと思うんですよね。

繰り返しになるけど好きになるのも嫌いになるのも自分勝手にできる。

だけど、こう、手越くんを好きでいると凄い相互感を得られる。

私がこの人を好きでいることは、必ずこの人に届いてるんだっていう。

それだけじゃなくて、好きでいることで変われたり強くなれたり、少し先の未来を心待ちにできたり、
それを一方的にではなくお互いに出来てるなと感じられるんですよ。

急に自分の話になりますけど、元来めちゃくちゃネガティブなので、
一回落ち込むと結構些細なことでメンタルがマントルまで到達しちゃうんですが、
そういう時に改めて、あぁ自分のこと嫌いだなって認識するし、
そもそも好きな時あったのかよってなる。

だけど、それと同時に自分のことを好きになりたい自分が、
「ほら、お前の好きなお前だよ」って連れて来てくれるのって、
大体「手越くんを好きな私」なんですよ。

手越担になる時に、手越担であることをアイデンティティにしないと決めたし、
今でもそうなってしまってるんじゃないかって恐怖を抱くことはあるけれど、
それが怖かったのは、自分のアイデンティティのウェイトを
手越担であることに全振りしたくなってしまうほど、
手越担であることが自分にとって大きいからだし、
その時はアイデンティティを他人に委ねたくなるくらい、
自分と向き合う強さがなかったからなんだよなと。

今では手越担であることも確かに私のアイデンティティの一部だし、
それを全てにはしないと思えるくらい自分ってものがわかって来たような気がしていて、
その上で手越担である私を好きでいられてることが、
とても幸せだと思う。

流石にもう四次元ポケットがないことは
わかってるんだけど、そうやって現実が辛くて、
夢の中に逃げ込見たくなる時に、
ドラえも〜〜ん!って言う代わりに、
心の中で「手越く〜ん!」って呼んでる自分がいて、
無意識すぎてたまに怖くなるんだけど、
何となく、呼ぶだけで強くなった気がしてしまう、私のひみつ道具だ。

相互感と言ったけれど、同じ時代に生まれて、
同じ時を過ごしてるだけで幸せだと思えてしまうのに、
同じ日を楽しみにして今生きてるんだなと思うと、それだけで胸がいっぱい。

いろんな幸せの形があって、それこそ年末年始なんてそれが浮き彫りになるような時期だし、
「大切な」という枕言葉は手越くんにとってもそうであるはずで、
以上を踏まえて自分と自分の好きな人の幸せの形が一致してるって、
えっやばいどうしよう宇宙一の幸せ者かもしれん。

という感じで、クリスマスから年末年始、
明けてからもNASAが打ち上がるほど美しい恋したいと思います。





さっきから!!!!気づいてるよ!!!!夜空にぎわす手越くんの羽根!!!!

早く会いたい!!!!

君とファンタスティックな夢が見たい

アイドルに救われるということについて。

一応アイドルオタクをやっている身として、
無意識にずっと考え続けていることがある。

それは「アイドルオタクとしてのゴールはどこなのか」ということだ。

私はずっと、アイドルに救われていることにどこか罪悪感を抱いている。

アイドルに救われちゃいけないのかよ。

そう思う反面、

こんな重いオタクでごめん。
ただ好きなだけじゃなくて、色々なものを背負わせてしまってごめん。

そんな風に心の中で謝っていることが頻繁にある。

決して重いことが悪いと言いたいわけではない。

ただ、なぜそこに罪悪感が発生するかというと、
現時点で私が思うアイドルオタクとしてのゴールが、
「アイドルなしでも生きていける」ことだからだ。

つまり、逆に言えば今の自分はアイドルなしでは生きていけないということであり、
そこに後ろめたさを感じているということ。

アイドルを応援する、ということに対して、
負い目や恥ずかしさがある訳ではない。

アイドルでないにしろ、宗教や音楽やスポーツなど、
何かに救われながら生きている人はきっと想像以上にいる。
自分を支柱に生きていくということはそれほど難しいことだからだ。

私にとって、たまたまその対象がアイドルであったというだけ。

どういった感情や背景があって応援しているのか、
説明するのが面倒くさいだけで、
私が好きなアイドルはマジで宇宙一最高だし、
誰がなんと言おうと好きでいることを誇りに思う。

ただ、私に後ろめたさを抱かせているのは、
私の中にある「世間の目」なのだと思う。

「普通に生きてる人は、アイドルがなくても生きていける」

いくら偏見をの芽を摘もうと、外側からブロックしようと、
それは内側から絶えず芽吹いてくる。何度でも。

「普通」に生きていたら、コンサートの為に働いたり、
CDを何十枚も買ったり、言動に一喜一憂しないのかもしれない。

ただ現状、それが私の生きていると実感する瞬間であり、
なくてはならないものなのだ。

いくら自分の内側にある世間の目に後ろ指指されようと。

しかし、アイドルを好きでいることは、
私にとって「生きる糧」であり、全てではない。

「糧」、精神や生活のために必要なもの。

私が今生きていくには、アイドルは「糧」だ。

ただアイドルは私の全てではない。

同じく、アイドルにとってもファンは全てではない。

アイドルとして生きている以上、常にアイドルであることを求める人もいるのだろうが、
私もファンではない時間が存在しているので、
相手に対しても全てを求めないようにしている。

というか、しなくては壊れてしまうと思う。


相手の全てを把握するなど、お互いに無理なことなのだから。

それは、アイドルとファンだけでなく1対1の人間全てに対して言えること。

ただ、アイドルはアイドルを辞めたことを全てのファンが知るけれど、
ファンはファンを辞めたことをアイドルに知られることは、
ほぼないと言っていいと思う。

直接会って言える距離にいればいざ知らず、
何万分の1が常であれば不可能だと言ってもいい。

それが幸か不幸かは人それぞれだと思うが、
相手は人生をかけて進退を決めるのに対し、
こちらは人生がかかっているわけではない。

「好きでなければ生きていけない」と、
そう思っていても、好きでいることを辞めた瞬間に心臓が止まってくれるわけではない。

あなたを好きな私でなくとも、容赦なく生活は続く。

ただ、それでも生きていけるほどの強さを、
相手から受け取ったのだと考えれば話は変わってくる。

アイドルを自分の「全て」としたくないのは、
相手にとってもアイドルであることが「全て」なのだと強制したくないからだ。

聞こえはいいが、それは自分がそれをしてしまいかねないという弱さがあることを自覚しているだけのことであって、
綺麗事でしかないなと思う時も沢山ある。

それも私が抱える罪悪感の一部だろう。

加えて、アイドルという「商品」に対しての、「消費者」という感覚を忘れて仕舞えば、
簡単に人の人生を共有している気になってしまう。

人生を変えてくれた人、という言葉に、
私を当てはめるとするならばそれはきっと、
私の好きなアイドル達になるのだと思う。

しかし、彼ら彼女らは「変えるきっかけ」をくれただけで、
「変える」という選択をしたのはあくまでも自分なのだ。

なので、選んだ先で人生がどう転ぼうが、
責任は自分自身にある。

そういった「変わる」強さを、アイドルからもらってもらって、
そして変わった私が、いつかゴールテープを切ってしまうのではないかということが少し怖い。

私の好きなアイドルは、確実にそうした
「強さ」をくれる人だと分かっているからこそなお。

ただ、現状自分が考えているゴールがそれなだけであって、
きっともっと内にある世間の目を気にせずに、
自分だけが辿り着けるゴールを見つけられるかもしれないけど。

もしかしたらゴールしないまま、ずっとこのままかも、
そう思えないほどの人を好きになってしまったんだから。

「救」という文字は、「求」が獣の皮を表し、
「攵」はそれを打ち付けるものと手を表すらしい。

その獣の皮を打ち付けることで、敵側からかけられている呪いを打ち破り、
欲しいものを手にして救われる…という成り立ちがあるのだが、

アイドルを好きでいることによって、
外と内の両方からかけられる呪いを、
自らの手で打ち破った時、本当の意味で
私はアイドルに救われるのかもしれない。


それまでは、せめて君とファンタスティックな夢が見たい。

加藤シゲアキと偽装結婚したいって話


最近「寂しい」という感情を思い出したのか、
予定の入ってない休日は夜ご飯を一人で食べることを
残念と感じるんですが、そういう時に思うんですよね。


あぁ、加藤シゲアキ偽装結婚したいな…って。



現時点で、この先の"ヤバさ"を感じてくれた人は、
その危機察知能力の高さを誇ってほしい。

ただ、私が最初に「あっ加藤シゲアキ偽装結婚したい」って思ったのって、
2016年なのでもう2年越しの願望なんですよ。

2年も狂ってたら逆に正気なので安心してほしい。
何に安心して欲しいのかは分からないですが、
とにかく安心してほしい。
異常も常なら通常っていうし。今考えたけど。

正確に言えば2016年に"気づき"を得たので、
恐らくNEWSを好きになった時点でその願望は既に種となり心に埋まってたんですよね。

それがどうして芽吹いちゃったんだと。

芽吹かんでよかったんじゃないかと。

私自身それは凄く思うのですが、芽吹いちゃったら最後、
墓までこの十字架を背負い続けるしかないんですよね。

きっかけは、「NEWSの中で付き合うなら誰ですか?」
という胸キュンな質問を頂いたことでした。

その時に、

もう付き合うをすっ飛ばしてシゲちゃんと偽装結婚したいです。

お互い20代からの友達なんだけど、
30代になって親とか世間の目が厳しくなってきて
2人で居酒屋でだらだら飲んでる時に

「何で結婚しないの?とかいちいち面倒くさくね?俺、別に必要ないんだよね。」

「分かる。もう戸籍だけ変更したい」

「あ、じゃあ俺と結婚する?」

って感じで偽装結婚したい。別居で。

シゲちゃんは若手人気作家なので3~4ヶ月に1回くらいしか会わない取り決めを交わすんだけど、
その時にお互い作った梅干しと梅酒を交換したりしたい。

って回答したんですよね。

付き合うなら誰かって聞かれてるのにこの回答。
お前の思考回路は爆速エビフライかって感じなんですけど、
この時はまさか2年経ってこの願望が更に熟成してるとは思わなかったですよね。
あれ?梅酒かな?つって。チョーヤもびっくり。


大体はこんな流れで、サラッと決めたいんですよ。

何って、偽装結婚することを。

恋とか愛とかじゃなくて情が繋ぐ婚姻。


結婚しなくたって幸せな2人が、
結婚しなきゃ幸せと見なされない世界で、
偽装結婚することで何かが変わっていく。

みたいな!ゼクシィに訴えられる。

あくまで2人の関係性は変わらないんだけど、
心の中のなかは少しずつ変わっていくのが理想です。
ただ、判子を押しただけなのに。ってね。

だって、今や改名して加藤シゲアキさんとして活躍されてる訳だけど、
公的な書、つまり婚姻届は「加藤成亮」ってなるわけじゃないですか?

つまりこう。
これだけで大分婚姻関係を結びたさが増すと思う。


じゃあいよいよ(?)、私と加藤くんの偽装結婚におけるルール発表します。

あっ、加藤くんとは大学の文芸サークルで出会ったのでずっとこの呼び方だったんですよ。

この時は髪長かったんだなぁ。

加藤くんはこの時よく缶チューハイを飲みながら語っていた夢を叶えて小説家になったんですよね。

すみません、出会ったときのことを思い出すとつい長話しそうになっちゃいますね。

ちなみに2人で飲みに行くまでに仲良くなったきっかけは、
サークルの飲み会で隣になった時に、
2人とも下の名前一発で読まれないって話で意気投合したからです。*1


偽装結婚のルール


・下の名で呼び合う

これは一番最初に決まって一番苦戦したルール!
何しろ今まで何年も加藤くん、○○って名字呼びだったのに、
いきなり下の名前で呼びあえって言われても、
照れるというより笑っちゃうんですよね。

あの「加藤くん」を「成亮さん」って呼ぶなんてって、
しばらくは呼ぶたびに笑っちゃうし、
じゃなければ元の呼び方で呼んじゃうしで、
よく怒られましたね。

自分は親の前以外は名字呼び捨てから名前呼び捨てに変わっただけで、
あんまり違和感ないからってこの〜って思ってたんですけど、
余りにも「あのさ」って呼ばれるから返事しなかったら、
「………○○」って名前で呼んできた時に、やっぱり照れてるんだなって分かったので、
お互い様だなってなったのもいい思い出です。

今はやっと慣れたんですが、たまに編集さんの真似して、
「加藤先生」ってふざけて呼ぶと嫌がられるので、
久しぶりに会う時はよくやります(最低)

・別居

これはもう最初に居酒屋で口約束した時から
決めてたやつですね。

「お互い誰かと住むとか無理っしょ」

「うん」

以上、みたいな。

最初は3、4ヶ月に行き来するくらいでよくね?
って話だったんですが、いざ結婚してみると、
まぁそうも行かなくて…共通の知り合いも増えるし、
いろいろ決めなきゃいけないことも出てくるし、
何より親の目があるので1ヶ月に3.4回くらいは、
主に私が成亮さんの家に行きますね。

その時は一緒にご飯食べるっていうのが、
何となく決め事みたいになってるんですけど、
大体は成亮さんの作り置きと私が買ったやつか、
持ってきたお酒みたいな感じになります。

どうせ成亮さんが作った方が美味しいし、
執筆のストレス発散にもなるじゃん?って言ったら、
「お前なぁ(笑)」っていいながら何だかんだ好きなもの用意しておいてくれるところは優しいなって。

基本は夜だけど、たまに昼から行くと
2人でコーヒー飲みながらぼーっとしちゃって
夜になって慌てて来月の帰省の打ち合わせしたりしますね。


・親を不安にさせない

そもそもお互いに親からの「結婚しないの?」っていう不安スタートなので、
ここは一番努力してる部分ですね。

指輪もいらないっしょ〜って感じだったけど、
結婚式もやらないのに!?って反応されたので、
タイミング的にたまたまなんだけど、
去年のクリスマスに成亮さんが渡してくれました。*2


やっぱり成亮さんは一人っ子だしね。
私よりも色んな意味でプレッシャーとか、
親に対する負い目みたいなのは感じてるのかなって、
時々だけど感じるから、ご両親の前では、
目一杯「加藤成亮の嫁」を演じてます。

なり切るのは得意なんでね…。

ご実家にお邪魔した時に、5歳の成亮さんが描いた絵本を見せてもらった時は感動したなぁ。

何よりも、こんなに愛されて育ってきたんだなって、
今も大事な一人息子なんだって実感すると共に、
少しだけ胸が痛んだりもして…。

「何気にしてんの」って帰りの新幹線で言われた時は、
こういう時だけ鋭いのむかつくなって思いつつも、
多分同じこと考えてるんだなって、
若干ホッとしつつカッチカチのアイス食べたな。


・一番信頼している友人には打ち明ける

これは最後の最後まで争った部分で、
隠し通すべきっていう私と、本当に信頼してる奴なら大丈夫っていう成亮さんでめちゃめちゃ揉めましたね。

けれど何十回目かの話し合いの時に、疲れて
じゃあ、もう結婚自体やめる?って言った私に、
「わかった、…じゃあ理由話すわ」って打ち明けてくれたのが、

本当の夫婦だったら何とかなるけど、
実際婚姻届出してるとはいえ、偽装夫婦だったら、
どっちかが死んだ時に1人だとキツいし、
全部分かってて頼れる奴がいた方がいい。

っていう理由で、私なんかよりずっとずっと
真剣に10年20年…もしかしたら明日になるかもしれない、
先のことまでしっかり想像して考えてくれてるんだって反省したのをよく覚えてます。

だけど、成亮さんが打ち明けた相手が、偽装ってわかってるはずなのに
結婚式代わりの飲み会で乾杯した後にマジ泣きし出した時にはビックリしたし、*3
あとで御礼と謝りに行った時に、
「シゲちゃんが選んだ道なら間違いないから。
俺は応援するよ。」ってことも無げに言われた瞬間、
成亮さんがこの人を選んだ理由が聞かなくてもはっきり分かった気がしました。



・他人以上家族未満

偽装結婚偽装結婚っていうけど、じゃあ具体的に、
2人の関係性を表す言葉って何?っていった時に、
「他人以上家族未満」という距離感を守ろうって自然となったんですよね。

あれは、また婚姻届けだしたばっかりの頃、
ちょうどお互いの仕事も忙しくなって全然打ち合わせの時間も取れなくて会えなくなったんですよね。

連絡はとってたけど、どうしても会って話さないとうまくいかないこととか書類とかもあったけど、
仕事でうまくいかなくてイライラして余計に、
うまくいくものもいかなかったりして…、
とりあえず落ち着いたらってことになったけど、
ちょっと気まずくてこっちからは連絡しない日が続いたんですよね。

そして、相変わらず仕事は忙しいなかで
このままじゃダメだせめてまともな物を食べようって、
久しぶりに料理しようと思ったんだけど、
どうしようもなく前に加藤くんに作ってもらったご飯が食べたくなってしまったんですよね。

でも調べても出てこないしレシピが聴きたくて
謎に緊張しつつ電話したら「じゃあ今からこっちくれば」って言われて、
「今からだと終電ないけど」って返したら、
「そんぐらい泊まってばいいじゃん、そこで追い返すほど他人じゃないでしょ俺ら」って
電話口で呆れ笑いされた時に、
この関係性を表すなら「他人以上、家族未満」なんだなって。

わざわざ口に出したりはしないけれど、
私たちにはこの距離感が一番心地いいんだろうなって思います。


他にも細々したことは決まってるものの、
それはルールっていうよりも一緒に過ごしていくうちに、
お互いにとって一番良い形を探っていって何となくできたものだから、
わざわざ書くことでもないので割愛。



(だいたい私より先に起きてる)

みたいな感じで、何だかんだ楽しく偽装結婚生活を送ってる訳です。






これは飲み会終わりに終電なくして、酔った勢いで
電話したら泊めてくれた翌朝にお詫びとしていれた紅茶を飲んでる成亮さん。



「そろそろ一年も終わるね。先生が走る季節じゃん」
「そうそう、今年こそタイム更新しなきゃ…っておいこら」という話の後に、
クリスマスプレゼントは文章力と語彙力と表現力と自己肯定力がほしいって言ったら、
「最後のやつはとりあえず俺がやるから、前半は努力しろよ。それしかないから。お前ならできるって」
って言ってくれる、


偽装結婚アキがほしいよ〜〜!!!!サンタさ〜〜ん!!!!


急に正気に返る。

12月25日の朝は起きたら〆切終わりで力尽きたのか、
寝ぼけていつもの場所じゃない、来客用(と言う名のほぼ私専用)
のベッド寝ちゃってるヒゲギソアキ*4
が枕元にいますように………☆


*1:加藤くんは有名だったので読めたけど、 私のは流石に読めないだろうと思ってたら漢字から由来を想像して一発で当ててくれた。

*2:http://iwhyh.hatenablog.com/entry/2017/12/24/080000

*3:成亮さんは「あいつピュアだからなぁ(笑)」って笑ってた

*4:髭の偽装結婚アキ

手越くんの好きなところ2018〜Happy 31th Anniversary〜

手越くんの20代が終わっちゃうよ〜〜!!!!ヤダヤダ〜〜!!!!
醒めない夢がいいの〜〜!!!!このまま20代がいいの〜〜!!!!

ってスーパーの床を転げ回る幼稚園児さながらに駄々をこねてから早一年。*1


マジではっや。
嘘でしょ?一年って本当に365日?
3.65日だったりしない?
こちとらまだ2018年に慣れてないんですけど。

そんなこんなで今年もやってきました。

ただただ手越くんの好きなところ、
それも昨年の誕生日から今年の誕生日までの期間で、
好きだと思ったところを羅列していくだけのブログ。


いや〜〜でもそれこそ手越くんなんてあれですからね、

10年で1歳歳取りますからね。

実質、実質は3.1歳なんですけど。

人間界では31歳表記なので、30歳になってから好きだと思ったところ、元々好きだったけどこの1年で更に好きになったところを書いていきます!



\手越を祝う♪👏手越を祝う♪👏/



\手越を祝う♪👏NEWSが祝う👏/


\地球で祝う♪👏宇宙も祝う♪👏/



1.頭頂部


頭頂部のどこが好きってここを見ることにより、
「あ、自担って日々を過ごしていくなかで確かに小さな変化を積み重ねて生きているんだな」
って実感できるところ。

なぜなら手越くんは基本オールウェイズ金髪であり、
メンテナンスも欠かさないプロ金*2なんですが、
たまに、たま〜に頭頂部がうっすら色づいてることがあるんですよ。

この世のどんな紅葉よりテンションが上がる。

「あ、自担、生きてる………」

って実感する瞬間。

ラブ、ピース、スマイル。フォーエバ


2.唇むんってしてる顔

具体的にどういう顔かっていうと、こういう顔↓


私手越くんのこの顔が超〜〜好きで、
超好きなんですけど(語彙力)、
どこが好きかっていうと、例えば


こんな風にキメてるわけでもなく、

こんな風にスネてるわけでもなく、




ただただ無意識なんだろうな〜〜!って思うから。



よく見るのは音楽番組のVTR中だったり、

ちょっとした"待ち"の時間。

今年お邪魔したある音楽番組で、椅子に座ってから
司会に話しかけられるまでの待ち時間もこの顔してて無事に気が狂いました。

きっとスイッチを入れてない、もしくは入れる前の
意識がないであろうこんな瞬間ですら、
人を狂わせるかわいさを発揮する手越くんの顔面ってどうなっちゃってんの〜〜!?


あとムンっていうのとはちょっとだけ違うんだけど、

この顔もかわいい♡

なんか赤ちゃんザルみたい。

はぁ


かわ


3.言葉の思考回路

手越担になった時から手越くんの

「まんま→マンマミーア」

みたいな思考回路が好きすぎてたまらなかったんだけど、
それが爆発したのが今年8月の少プレ夏休みSP

慶ちゃんがしゃぶしゃぶでネギを食べた時、

(´-」-`)甘み!


に反応しての一言


奄美大島ぁ!」

からの全員ガンスルー

そしてこの表情である。





もうさ、どうしたらいい?


マジで。

こんなにくだらないのに、泣けるほど愛しい。

この日から私の感情の中に、
「くだらな愛しい」が新しく加わったよね。


もはやテロップにすら拾われてないし、
その後も反応されないからお口ムニュムニュさせちゃってやんの。

どれだけ愛おしかったら気が済むのか。

この話まんまとKラジで突っ込まれてたんですけど、
全員ガンスルーだったことについて
「寂しい」とか言っちゃってさ〜〜!

バラエティ的に反応したら事故るのはわかるから、
その判断について何やかんや言うことはしないけど、
でも構われなかったら寂しいんだって。愛じゃん。


超どうでもいい個人的なことなんだけど、
少プレ夏休みSPの時MAXで精神的に落ちてて、
ちゃんと見られるか分かんないなって思いながら再生したのに、
この奄美大島をみて本当この人くだらないな、
大好きだなって思って超元気でたんですよね。

だからこれからもこういう言葉の思考回路を、
存分に味わわせてほしい。

最近だと、少プレシェアハウスの散歩シーンで

(´・ш・)細道

(´・ш・)奥の細道


って言ってましたね。

そんな祐也芭蕉には

「あらたふと 青葉若葉の 日の光」

を捧げておきます。

4.わかんない時の顔


自分にはわからない話題でメンバーが盛り上がってる時の手越くんって超かわいい。

ジュニア歴が浅いゆえに、ジュニアあるあるとか、
当時の話題についていけない時の手越くんは、
ちょっと切なくてかわいそかわいいんだけど、
恐らくよくテレビを見る人なら誰もが知ってるお笑い芸人のネタとかを知らない時の手越くんは本当にただただかわいい。

そこで、これ、見てください。

NEVERLAND大阪公演にて、シゲちゃんがおもむろにサンシャインシゲアキと化した時のこと。


わからない


わからないけどなんかみんな面白いやつっぽい


わからないけどシゲがなんか間違えちゃったのはわかる(からとりあえず笑っとこ)











……………………ッ!!!!!


もう言葉が出てこない。

出てこなさすぎてフォレストページでよく見るやつになっちゃった。

守りたい以外の感情を全て失う。

ネバランの手越くん基本的に子ライオンみたいな髪型してるから、
サバンナで生き抜く母ライオンってこんな気持ちなんだろうなって思う。

Mildも地球の裏側じゃWildになるっていうしな。





〜可愛いは地球を救う〜



5.サカアスのワイプ

オタクならみんな分かってくれると思うんですけど、
自担が画面に出てると大体無意識に声が出るじゃないですか?

なんならもう声帯が意思を持ってるっていうか…
声出した後に脳が気づくっていうか…、
とにかく「あー!」「ちょっ」「ん゛ー」とか、
喉にアラーム機能付いてるのかなってくらいスヌーズするじゃないですか。

サカアスの手越くん、マジでそれ。

サカオタが進行するサッカー番組なんだなぁって思う。

手越くんのサッカー界の自担であるメッシやクリロナが出てる時とか、
超〜〜嬉しそうな顔してて、ああやっぱり好きな人を見てる時ってこんなステキな顔になるんだなぁ////って、
テレビ消した後の黒い画面に広がる地獄ね。

でも、小さいワイプに詰め込まれた手越くんの
満面の笑みやくるくる変わる表情、本当に見てて飽きないし、
VTRを真剣にみつつ、ナレーションに突っ込んでるところも好き。

あの小ささで余白がない分、ワイプのなかにほぼ 手越くんの顔面しかなくて、
一粒で1000円とかする高級チョコみたい(?)

あとサポーターを見るときの手越くんが好き。
応援する側の気持ちもされる側の気持ちもわかるんだろうなって思うから。

沢山の愛が詰め込まれたあのワイプを
これからもずっと見ていたいな〜!!!!


6.エマちゃん

〜人は本当に可愛く愛おしい生き物を目にした時、気が狂ってしまう〜


ということをエマてごは改めて教えてくれました。

飼い始めたのは去年からですが、
今年は念願(?)の地上波デビューを果たしてその尊さを世に知らしめたし、
少プレを始めKラジやテマらじ、雑誌等々、
様々な媒体を通してエマちゃんとパパ、
パパのお友達(NEWS)とのかわいいエピソードが聴けました。

手越くんが余りにもあらゆる現場に連れてくるから、
もうNEWSで飼ってるみたいなものなんだって。
シゲが言ってた、シゲが。
って、すごい友達のテンションで話したけど全然他人。

でもそんな言葉が出てきちゃうほど、
飼い主に似てメンバーに懐いてるんだなぁって。
シェアハウスで慶ちゃんが抱っこして波打ち際に連れて行こうとした時も、

(´-」-`)パパが見えたほうがいいかな?
(´・ш・)大丈夫よ、メンバーだから

って言ってたもんな…確かに慶ちゃんはエマちゃんのパパのママ的存在だし…つまりはおばあちゃんだから(?)


そんなおばあちゃんとパパ(違)がKラジで話していたことなんですけど、

(´-」-`)エマちゃんとどんな話ししてるんですか?例えば、家帰ってきて「ただいま〜」

(´・ш・)「えま、あらオシッコしたぁ?んぇ〜〜てーんさい♡てぇーんさい♡」ってやってる


私やん


完全なる私やん

テレビの前で自担に話しかけるやつやん


でもそんないうてもラジオだからそこまでの破壊力はなかったんですけど、
まぁシェアハウスのパパ越くんは予想を超えるアレだった


(´・ш・)あーたちーは守る

(´・ш・)あたち、ひとり、ドッグラン、パァーパ、あたち、パァーパ、びじん〜〜♪


シンプルに頭がおかしい

アレだったとか言って濁した意味完全になくなったけど。

声がアレすぎてもはや安達だしな。

あたちは守るに関しては、もう一人称で犬を呼ぶみたいなわけわからんことになってるし。

でも、こんな頭おかしいとか言ってるけど、
しつけという面では無闇に甘やかさないで、
ちゃんとしてるところが本当に本当に本当に好きだし、
これからも幸せなパパとあたちでいてほしいなって思う。

あとこれ本当にマジかわいいなって思うのは、
エマちゃんの服をTPOに合わせて変えてるところ。

プリンセスエマちゃん(行列)



BLUEエマちゃん(BLUE PV撮影)


マリンエマちゃん(シェアハウスin葉山)



これを手越くんが選んであげてるところ想像してみてくださいよ。

可愛さでギネスに載るレベル。

自分の服は(お察しください)なのに、
愛娘のおべべはちゃんと考えて変えてあげるところ、
本当かわいすぎてどうしてくれよう。


いつかEMMA衣装のパパとエマちゃんが並んでるところが見れたらいいなぁ。

いぬのきもちさん宜しくお願いしま〜す!(ダイマ)

7.演技

演技っていうか、まぁ、小太郎ですよね。


去年のハピバブログで、今年がきっかけとなって、
来年も演技仕事が見られたらいいな〜なんて
書いたけどまさかのスピンオフ主演からの
2話友情出演が来るなんて思わないじゃん。

しかも役どころが、

「昔いじめられてた過去を持ち裏切りをきっかけに友情と命の破壊者になったクイズ司会者」ってもう……

こんなん自担にやってほしくないわけ〜〜!!!!(フォント500000000)

正月とクリスマスと夏休みとハロウィン一気に来たのかと思ったわ。


小太郎ちゃんについては別記事*3で散々こじらせたんで控えますけど、
でも手越くんの演技ってさぁ…………、よくない?


これに関しては正直欲望の目とかいて欲目入っちゃいますけど、
でも、よくない?手越くんの演技。


いい(お得意の1人C&R)


今回はキャラが強いのもあったけど、まんま手越祐也ではなくて、
スピンオフからちゃんと城山小太郎として生きていたと感じるし、
何より手越くんが楽しんで演じてたことが、
ギャンギャンに伝わって来たのがすごく嬉しかった!
色んな意見はあっただろうけど、原作ファンの方からもてごたろうって呼んでもらえたり、
「手越くんの小太郎」を楽しんでもらえて嬉しかったなぁ。
改めてシゲちゃん…あっ違うな、主演の加藤シゲアキさんに感謝!

表情豊かって言葉の本当の意味を私はゼロ 一獲千金ゲーム第6話で知りました。


あとはショートドラマ(?)だけど、スカッとジャパンに出てくれたのも嬉しかったな〜♡
内村さん司会なだけあってスカッとされる側なのが、
イジリ方を理解されてて愛を感じたよね。




かわいめの芋by増田貴久が全国放送されたのも良い思い出。

控えめにいっても国宝。

8.ギャップに気づかないとこ


ジーエーピー、そうGAP(発音良く)

GAPが嫌いなオタクなどいないとはあくまで持論ですが、
GAPが好きだったら正直もうオタクだと思う。


そんなわけでGAPがある人って魅力的だよねっていうことなんですけど、
じゃあ手越くんが持つGAPってなあに?って話じゃないですか。

GAP…っていい加減この表記打つのめんd…、
ウザいからやめますね☆


手越くんが持っているギャップは必ずしも一つではないけれど、
今年よく聞いたのが「真面目」っていうワード。


「"意外と"真面目」だよね、は真面目ではないというイメージがついているからこそ活きるフレーズであり、
それだけパブリックイメージが浸透しているという証なのだけど、
当の本人はそれを言われて「全然真面目じゃない」っていうから、
真面目な上に照れちゃってかわいい♡まで引き出せるのをわかってて多用してくるコヤシゲに策士を感じるよね〜!!!!サンキュー!!!!

自覚してないギャップってただのギャップより破壊力高いんですね、勉強になりますウッス。
でも恥ずかしいから自覚したくないギャップは、
手越祐也が開拓したニューギャップだと思う。知らんけど。

あと、「真面目」とは違うかもしれないけど、
私が一番その自覚してないギャップを感じたのは、

EPCOTIA大阪公演5/6の1部MCで、
スタッフさんも含め皆で宇宙にいるんだよ〜ってくだりで、

突然

(´・ш・)今回やってないからやっとこうよ

(´・ш・)俺らの大切な仲間の、スタッフの皆さんに拍手!

\イェーーーーイ!/

ってみんなで拍手したんだけど、割と3人ポカンとしてて、

(´-」-`)?あぁ…
(∵)拍手ね

リ `▽´ノリびっくりした今、ふざけんのかと思った

(´-」-`)いやぁ今…
(∵)急に真面目なとこ出るのやめて!?

(´・ш・)年に一回くらい真面目なことやるから///

(´-」-`)急に真面目になんないで?

リ `▽´ノリ今俺ふざけるテンションだと思って斜に構えてたら急にまじめな…

(´>ш<)ごめんごめんごめんwたまには言わせて?

たまにはたまには、たまにはって、
たまには何回言うんだって感じだけど、
きっとその時手越くんの中では、
「大切なスタッフさん含めてみんなで回ってるツアーなんだから感謝しよう!」
って気持ちがただ溢れちゃった結果で、
今回一度もやってない!こりゃいかんわ!って
全然大真面目に感謝してたんだろうな、
多分突っ込まれることとか想定してなかったんだろうなって思うと、
ただのいい子すぎて泣いちゃう。

でもただのいい子って思われるの恥ずかしいから、
そのあと

(´・ш・)小山さんのケツを食い込ませます!!!!

って花道で突如慶ちゃんのお尻食い込ませてたけどね。
照れ隠しの情緒がヤベェな。

は〜本当手越くんってかわよい*4




9.進化し続けるところ

これは「歌」について。

NEWSの嫌いなところなんて思いつかないけど、
唯一あげるとしたら一回コンサートに参加したら最後、
もうCD音源では物足りなくなってしまうところかな。

もう!なんであの音源が今手元にないの!?
今すぐ聴きたいのに!しんどい!嫌い!(SUKI)ってなるよね。

そうなる原因で私にとって一番多いのは、
手越くんのフェイクが進化、変化し続けること。

QUARTETTOでWonderの「ゥ゛ワ゛ァンダアアアァアァア」が、
アリーナで聞いた時とドームで聞いた時では全く違っていたこと、

NEVERLANDでBrightestのフェイクが
各公演ごとに変化していったこと、


EPCOTIAのJUMP AROUNDのクラップタイムで
ツアー中盤からスキャットを始めて
それが毎回進化していったこと。

どれ一つとして過程であっても未完成では絶対になくて、
そのままでも十分完成されてるのに、
もっともっとって、常に上を求める貪欲な姿勢が透けて見えるところが本当に大好き!!!!

どちらにせよ収録されるのは1ツアーにつき多くて2公演なのに、
1公演1公演全力で自分とは戦ってファンとは愛し合ってるんだなって。


特にBrightestは自分の中でも特別な曲で、
コンサートで聴くのを楽しみしてたから、
やってくれるだけでも嬉しかったんだけど、
毎回ラストのフェイクを試行錯誤してる手越くんを見る楽しみが上乗せされたことで、
更に特別な曲になりました。

ツアー期間中、自分が入った公演のフェイクは
必死で再現しようとメモってたのを
今見てみたけどさっぱり分からんので(当たり前)
ライブって生物なんだなぁと思う。

どうでいい話なんだけど、私はNEWS(アルバム)に
収録されているDance in the darkの手越くんのエフェクトがかかったフェイクを聴いて、
この人のエフェクトがかかったフェイクを
もっと聴きたいってところからNEWSにより興味を持つようになったから、
今までもずっとこういった雰囲気の曲を望んではいたんだけど、
その反面で生歌に力を入れてるNEWSの方向性とは相入れないんだろうなって気持ちもあったりしたので、
そんなの関係ないよって飛び越えてきてくれたみたいで勝手に嬉しかった。

だから余計にTHE!私が好きな曲!っていう、‪TWINKLE STARやIT'S YOU‬やBring Back the Summerも大切だなぁ。


手越くんがジャンルに関係なく、NEWSの曲を愛してる証。

そして少年倶楽部プレミアムでの光一くんのコラボも、
収録当日まで移動車や家でKinKi Kidsの歌を聞き込んでいたと
相方の増田さんにバラされていたけど、
歌が好きだからこそ、原曲へのリスペクトから、
そういう行動に繋がるんだろうなと思う。

去年のFNSから年始のニューヨーク研修へ続いて、
今年はいのちのうたソロ出演やMフェアでのコラボもあったし、
より歌の力や歌う楽しさを知った一年だったんじゃないかな。



次はどんな歌を聴かせてくれるんだろう?
きっと予想しても意味ないんだろうけど、
たったそれだけでワクワクさせてくれるところが大好きだよ!

10.運命に弱いとこ


私が手越くんを好きになった東京ドーム10周年記念公演、
本編ラスト曲前の挨拶で手越くんが言っていたこと。

「サッカーばっかやってた俺が、こうね、
ジャニーズ事務所に入って…まぁ、色んな…運命かな?
NEWSっていうグループに運良く入ることができて、
人生が怒涛のように変わったんですけど。」



かっ……………わいい!!!!


これを聞いた時、正確に言えば手越担じゃなかったんだけど、
え〜〜この人運命とか信じてるんだ!かわいい!って思ったのをよく覚えています。


運命、カナ?って小首傾げちゃうのもかわいい。
ただ天*5

手越くんのこと基本的には運命にただ流されるままに生きてるような人じゃないと思ってるけれど、
そんな人でも抗えないような大きな力を感じるようなことはあって、
それがジャニーズ事務所に入って、NEWSになったことなんだなと思うだけで胸がギュッとなるし、

15周年記念ソングであるStrawberryで、

「その運命が呼ぶ方へ」

ってついに歌にしちゃったのも愛おしい。

手越くんが「その運命」をNEWSだと思ってくれるなら、
これからも嬉し涙や笑顔を見られて、
歌声が届くところにいたいです。


11.生きづらさを抱えているところ


こういう言い方は正しくないのかもしれないけれど、
私は手越くんが手越祐也という一人の人間としてして生まれてきて、
あらゆる選択肢のなかから今の道を選び続けてくれてることを忘れたくないので、
あえてこういう言い方をします。

人は皆それぞれに生きづらさを抱えているものだと思う。

それは先天性のものもあれば後天性のものもあり、
自分で選べるものもあれば選べないものもある。

「アイドルとして生きる」ことで発生する生きづらさは、
間違いなく後天性であり、なおかつ自分で選べるものだ。

芸能の世界に身を置きながら、自分を見失わずに生きることって、
きっと想像してもしきれない程に大変なことで、
それでもアイドルでありながら手越祐也として生きてくれるところが好き。

手に絡みつく紐のように、囚われているみたいに感じる時もきっと想像以上にあるのだと思う。
それでもファンに対して「恩返しする宿命」があり、
NEWSを「生きがい」だと言い切るところが大好き。


過去の自分に語りかける味スタのVTRで言っていた
「‪手越祐也はもう、1人だけのものではありません‬」
に対して、

メンバーを始めそうやって繋がっている

スタッフさん、家族友人、そしてファン。

その紐も含めて、手越祐也であると、

アイドルとして生まれたばかりの自分に伝えたかったんじゃないかなって。

あなたをその場所に踏みとどまらせるその紐の一本に私もなっているのかなと思いました。


と、なっていられたらいいなと願いながら書いた9月15日。


けれど、その日に受け取ったANNIVERSARY BOXで、
収録されているStrawberryで手越くんが書いた歌詞、

「でもここにいるのはなんで
愛する人のため」

がもう全ての答えなんだと思いました。


彼女とかハニーとか、色々言うけど
ファンのみんなへの感情は言葉にできるものじゃないって、
「なんすかねぇ………俺もう好きだぁー、みんなのこと」
そう言いながら、困ったように笑っていた10周年。

あれから5年経って見つけた精一杯の表現が、
愛する人だったんだなと思う。

私は手越くんが元から完璧に強い人ではなくて、
完璧じゃなくても愛があれば強くなれる人なところが大好き。

愛されることでこんなにも人は強くなれるんだって、
体現してくれているところが本当に大好き。


すーーーーーーーーんごく恥ずかしいこと言いますけど、
ファンとして愛されてる自信しかないから、
同じように手越くんの愛が私を強くしてくれていて。
まだまだだけど自分らしく生きられる強さをくれてありがとうって言いたい。


継続は苦手なりが座右の銘で呆れるほど飽き性の私が、
あの手この手で手を替え品を替え褒めても、
全然足りないくらい、毎日毎時間毎秒新しく
好きなところが見つかる手越くんって凄い。

なんならこれを書き出してからもどんどん増えてるし、
コンサートが終盤に近づくにつれて口数が減るところ*6とか、
猫舌なのに麺類食べるときに一口で啜りすぎるところとか、
そもそも猫舌で迎え舌なところとか、
あーんされるのが当然だと思ってるところとか、
キリがないにもほどがあるんだけど…、

多分、来年もこうしてお祝いができるから、
できる手越くんと自分でいられると信じられるから、
来年にとっておきます。

いい加減しつこいかもしれないけど、
やっぱり幸せにしてもらうだけじゃなくて、
私が幸せにしたいって思えるのは手越くんしかいないから。


30歳の手越くんも大好きだったよ〜〜!!!!


31歳の手越くんもきっともっと好きになる。



新しい一年も宇宙の果てまで愛し合っていこうぜ!!!!



そう僕らは生き続けてきた


自分のベッドと学校だけが世界の全てだったあの頃。

自らの手で選び取った非日常が世界はもっと広いことを教えてくれた。

今なら分かることも多いのだけれど、
あの時の私はとにかくどうして生きてるだけでいいと言ってくれないんだろうと叫びたかった。

学校に行くのが普通で当たり前だから、
だから行かなくてはいけない狭い世界はそこで完結していて、
みんなよりも遅い時間に歩く通学路は纏わりつくスカートがひたすらに重くて。

見上げた空のガラス張りの冷たさを今でも覚えている。

今から8年前の今日、とても未完成な私。

東京ドームって卵みたいだと思ったのを覚えている。


進路を決めなければ、いや、他のみんなはとっくに決めているような時期に、
私は薄いチケットを握りしめて、
Perfume初の東京ドーム公演に参戦したのだった。

ライブの内容自体の素晴らしさを語り出すと、
それだけで終わってしまうので割愛するが、
私は確かにこの時、存在そのものを許されたのだと思う。

一言で言うならば「あなたが今この瞬間そこにいてくれるだけでいい」
という、ずっと欲しかったものを無条件に与えれられる場が、
私にとってPerfumeのライブだったのだ。


「この人がいなければ今の自分はない」
そう言い切れるような、人生を変えてくれた出会いがあるとするならば、
私にとってそれはPerfumeの3人との出会いに他ならない。

東京ドームに行かなければ、きっと高校にも行かなかったし、
今頃どこで何をしているか分からない。
否、多分もう明日を生きることを諦めていると思う。

けれど、また3人に会いたい。胸を張って。

その想いが私を高校入学へ導いてくれたし、
入学してからはバイトも始めて、
人生初の遠征もPerfumeのツアーに捧げた。

夜行列車ムーンライトながらには、
出張終わりであろうサラリーマンしかいなくて、
空になったビールが置かれた座席の横に恐る恐る座ったのを覚えている。


高校を卒業し、これがもう最後だと思って、
泣きながらステージを見上げていたツアーや

自分の好きの形が怖くて、わざと距離を取っていた時期、

ここには書き表せないほどの沢山の思い出がある。

どんな時も3人は私の特別だった。
胸の奥で輝く大切で壊れない宝物であり続けた。

あれから、8年。

とっくに東京ドームのステージに立っていた3人よりも歳上になってしまった。

ビールだって飲めるし、遠征も慣れてきたと思う。

去年、東京ドームに立っていたあの時の3人と.
同い年になったことをきっかけに、夢に向かって転職を決めて、
今年になって初めて一人暮らしも始めた。
なんだって半分の生活だけど、なんとか自分の力で東京に住んでいる。

絵に描いたようなワンルームも、3人がいればそこはディスコだ。

こんな未来が来るなんて思えない過去を積み重ねてきたのに。

毎日を生き抜くことが精一杯で、一日が物凄く長くて、
明日が来るのが怖くてベッドの中に閉じこもっていた8年前。

正直に言って、明日が来るのは今でも怖い。

嘘、明日を生きたいと願う勇気がない。

だけど、この8年間Perfumeと生きて、生き続けてきて、
世界はもっともっと広いことを知った。

そして、Perfumeのライブという唯一の、
嘘をつかずにありのままの私でいられる
居場所があると思うと、起き上がれる力が湧いてくる。

それも3人がPerfumeを続けてくれるという
強くて儚い覚悟の上に成り立っていると思うと、何度感謝しても足りない。

あの時の3人よりも歳上になった今、
8年前に聴いた「これは運命なんだね」に
「確かにそんなようだね」と返すことができる。

私が3人を好きになることも人生が変わることも、
きっと運命だったけれど、それを肯定できるのは、
3人はステージの上で、私は客席で生き続けることを選び取ってきたからだ。


あの時に漠然と思っていた、もしも生き続けていられるとしたら、
私がこうして辛かったことも、もしかしたら
いつか誰かのためになるのかもしれないということも、
少しではあるけれど、実現している。

8年目の今日、3人に会いに行けるのは、
8年前の今日、3人に会いに行こうと決めた自分のおかげ。

たった1日しかなかったこの日のライブで、
5万人分の1でいられた奇跡を私はこれからも抱きしめていくだろう。

きっとPerfumeを好きでいることは、
私が生きている証拠だから。